第259回 「自分ファースト」 2025.8
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先月の参議院選挙で参政党が掲げた “日本人ファースト” というキャッチフレーズに対して、 「外国人差別だ」、「排外主義だ」 なんて言ってる人たちが、いまだにいますが、僕には全く理解出来ません。 党首や党員の人たちが何度も説明しているように、 外国人の人たちとこの国で支え合って共生していくには、そのための余裕・余力が日本人に必要なので、 それには、移民の受け入れにしろ、外資によるインフラや土地の買収にしろ、ちゃんとルールを整備して、 まずは、持続可能な地盤を築き、豊かで強い、健全な日本にする事が先決である、 と訴えているだけで、 なにも外国人の人たちに「来るな」とか「出ていけ」とか言っているわけではないのに、 何ゆえ、こうも話が通じないのか、実に不思議です。 だいたい、 ここは日本なのですから、“日本人ファースト” なんて当たり前の事で、 そんな当たり前の事をわざわざ言わなくちゃいけないこの国の現状に問題があるのに、 それを立て直そう、という表明を否定するのですから、まったくもって意味不明。 嫌がらせ目的で難癖つけてるのではないとしたら、その謎の思考に、恐怖すら覚えます。 |
そういう事で言うと、 女系天皇や選択的夫婦別姓制度について賛成している人たちなんて、もっと怖いですね。 だって、 日本を無茶苦茶にしようとしている、としか思えませんから・・・。 男系男子で皇位継承してきた皇室は、 1500年も(へたすりゃ、もっと長く)同一の血統で続いている世界最長の王朝だし、 夫婦とその子供が同一の戸籍に在籍する現在の戸籍制度は、 行政や司法の基礎であり、 親族関係の広がりを証明出来る、日本にしか無い極めて優れたシステムだし、 そんな、 世界に誇れる日本の素晴らしい伝統や文化を、わざわざ故意にぶっ壊そうとするなんて、 正気の沙汰じゃないですよ。 それも、 反日教育を受けて育ち、 日本を憎み、日本を侮辱し、日本なんかどうなってもいいと思っているような人たちでなく、 日本で生まれ育ち、 日本を愛し、日本を誇り、日本を大切に思って暮らしている人たちの中にも そういう人がいるというのですから、信じられません。 いったい、どういう思想をしているのか、 先人たちに対する感謝の気持ちは無いのか、 秩序だった美しい国・日本を守りたいと思わないのか、 皆が個人の勝手な都合や気分で生きていったら社会の調和がとれなくなる事くらい、なぜ解からないのか、 ・・・って、もう、不思議とか理解不能とかを通り越して、腹が立ちます。 ただ、まぁ、その中には、 “女系天皇” と “女性天皇” の違いも解かってなかったり、 “夫婦別姓” を選択した両親の子供は “親子別姓” を強制される事や 別姓を選択する人たちと同姓を維持する人たちの間に生じる余計な距離・気まずい溝が やがては社会的分断に繋がっていくであろう事までには、 考えが及んでいなかったり・・・、 っていう、病的なまでに思慮の浅い人たちが、 男女平等だから、女性が天皇になったって、べつにいいンじゃないの? 結婚する夫婦が、同じ苗字にするか、別々の苗字にするかを選べるなら、そっちの方が自由でいいンじゃないの? なんていう軽薄なノリで、安易に賛成している場合も多々あるでしょうから、 思想以前の問題もある、とは思いますけどね。 日本が平和な国であるがゆえのノーテンキな実情・・・、なのかもしれません。 それに、 以前、第231回「ハラと呼ばないで」の中でも述べた事ですが、 そもそも、“他人” というものは、 自分とは、趣味嗜好や価値観、へたすりゃ常識さえも異なるものですし、 そんな “他人” と、 お互いの存在を認め合って生きていかなければ成立しないのが社会生活でもありますので、 自分とは異なる他人の意見を、いちいち不思議がったり腹立たしく思ったりしても、 何を今更・・・、って話でしょう(苦笑)。 けど、ひとつ、面白いと思ったのは、 僕の周りの人間で、 以前から、 なんか、この人とはそりが合わないなぁ・・・、 って感じていた人たちは、みんな、 決まって僕とは考えが違い、女系天皇にも選択的夫婦別姓制度にも賛成、だったンですよねぇ。 過去に、それらの件について話した事など一度も無いのに、 最近、会話の際にそれとなく触れてみたら、 もう、見事なまでに全員が、僕とは正反対の意見を述べたのです。 それは、周りの人間たちだけでなく、著名人においても同じで、 以前から、 なんか、この人は好きになれないなぁ・・・、 って感じていた人たちは、 やはり、みんな、僕とは正反対の意見を述べていました。 某実業家さんの、 時間の問題で女系天皇になるので、さっさと女系天皇にしちゃえばいい。 女系天皇がダメですよ、って言ってて、 天皇制を続けたい、って言ってる人で、馬鹿以外います? っていう、YouTubeライブにおける発言とか、 また、その人とは別の某実業家さんの、 戸籍なんて廃止でいいだろ笑 っていう、X(旧・Twitter)への投稿とかが、その最たる例で、 意見そのものはもちろん、言葉選びや表現の仕方など、もう、すべてが、僕からすれば間違ってて不快。 超不快。 あぁ、やっぱり、嫌な人は、嫌な事を嫌な言い方で言うンだなぁ・・・、 って、 むしろ、納得・安心してしまうほどでした(嘲笑)。 そこで、ふと、 なんで、 女系天皇や選択的夫婦別姓制度に賛成な人を、 なんかそりが合わない、なんか好きになれない、って形で最初から感じ取っていたのか、 って、考えてみたのですが、 それは、いわゆる “直感” ってヤツではないか、って思ったンですよね。 “直感” は、 自身の過去の経験や知識に基づいて、無意識のうちに脳が高速処理で出した答え、と言われていますが、 今回の件で、まさにそうだろう、と強く感じました。 だって、 意見も聞かずに相手の思想など解かるはずないのですから、 これまでに、実際に接したり、テレビ等で見かけたりした際のその人の所作や言動から、 この人と僕とでは、“正しい” と思うものや “美しい” と感じるものが異なる、 って知覚し、そこから、 この人は、 僕とは異なる見解の持ち主だ、話の通じない相手だ、 って認識出来ていたとしか思えませんもの。 なので、 “直感” というものに対する信頼度が、僕の中で急増しましたね。 物事をジャッジする際に、これは使える、と思いました。 もちろん、 何事もよく考えずに結論を出すのは、危険で愚かな事でしょうけど、 たとえば、最後の最後、決断を迷った時なんかには、“直感” は、結構、役に立つのではないでしようか・・・。 そこで思い出したのが、こちらです。 |
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マッハロッド バンダイ製、全長約37センチ、全高約25センチ。 言わずと知れた、バロム・1の愛用車で、 『超人バロム・1』放映時(昭和47年)のポリエチレン製幼児向け玩具です。 ソフビコレクションを始めて半年くらいの頃・・・なので今から37年前の節季、 東京のアンティーク・トイ・ショップで見かけ、 その瞬間、 あの名曲主題歌『ぼくらのバロム・1』のイントロが頭の中にバーンと鳴り響き、 喜び勇んで購入したものなのですが、 その際、 ブルマァクのスタンダードサイズのキングギドラ人形が同じ値段で売っていて、 両方買うお金は持ち合わせておらず、どちらを買うか、迷ったンですよねぇ・・・。 |
今なら、 商品自体の希少性から、迷う事無くマッハロッドを選ぶ僕ですが、 当時はソフビコレクターになり立てで、 アンティーク・トイ業界における、 そのオモチャの市場出現率とか価格相場とか、 そういったマニア的な知識を、ほとんど持っていませんでしたので、 只々、純粋に、 バロム・1とキングギドラ、 子供の頃に憧れたキャラクターの、そのどちらのオモチャを取るか、 悩んだのです。 |
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悩みに悩んだ結果、 マッハロッドには惹かれるけど、ここはやはり、無難にキングギドラかな・・・、 って方向で、ほぼほぼ気持ちは固まりかけました。 というのも、 なんたってキングギドラは、ゴジラの最大のライバル(つまり、銀幕スター)という特別な怪獣ですし、 それに、 これまたソフビコレクターになり立てゆえの浅はかさで、 まずは、ゴジラ系やウルトラ系からコレクションしていきたい・・・、 なんていう、今思えば未熟極まりない蒐集方針のようなものがあったからなンですよね。 マッハロッドが袋入りの新品だったのに対し、 キングギドラ人形の方は、塗装の剥げや小さな傷がある、いわゆる “中古並品” だったのですが、 それでも揺るがないくらい、国民的人気怪獣の威力は絶大でした。 けど、 最後の最後で、何か閃いたみたいに、 ・・・いや、やっぱ、こっちだ! って、急に気が変わったンです。 |
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おそらく、 お店に入ってこのマッハロッドが目に飛び込んできた際のインパクトの強さとか、 頭の中に流れてた名曲主題歌『ぼくらのバロム・1』のメロディーの美しさとか、 『超人バロム・1』が大好きだった子供の頃の記憶とか、 こういう、いかにも “昭和のオモチャ” って感じのものに惹かれる嗜好とか、 いろんな情報が、 その一瞬の間に脳内を駆け巡り、影響を及ぼしたのだろうとは思いますが、 これという明確な理由は自分でも解からぬまま、 なんか、ふと、 このマッハロッドのオモチャの方が僕をより幸せにしてくれるような気がして、 手を伸ばす方向を変えちゃったンですよねぇ・・・。 要は、“直感” を信じたわけです。 |
言うまでも無く、大正解でした。 キングギドラ人形は、その後も何十回と出逢って、わりと簡単に手に入りましたけど、 マッハロッドの方は、 それ以来、ほとんど出逢えず(ましてや袋入りの新品状態のものを見かける事など皆無)、現在では、なかなか入手困難ですからね。 数ある僕の愛すべきコレクションの中でも、 あの時、買っといて良かったぁ・・・、 って、しみじみ思わせてくれる宝物の一つです。 |
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我が家へ帰ってきて、 購入したてのマッハロッドを愛でる僕・・・、の図。 37年前の、“至福の時” です。 いい写真でしょ?(笑) 第253回「例外・番外・想定外」の中でも述べましたが、 当時はコレクションケースなど無く、 ステレオの上に、こうやってソフビ人形たちを飾ってました。 コレクションを始めて半年の時点で何を所有していたか、を 自分でも確認しながら当時を懐かしめる、 そんな意味でも、やはり、いい写真です(笑)。 |
これは、ヘッダー。 横幅をとるマッハロッドが入っていた袋のヘッダーだけあって、 ソフビ人形のヘッダーよりもワイドです。 主人公のバロム・1や商品のマッハロッドだけでなく、 ドルゲに魔人にアントマンまで描かれており、 番組の作品世界が一目で理解出来ますね。 第1話登場の魔人であるオコゼルゲが描かれてるのは一般的ですが、 もう1体描かれているのがキノコルゲ、ってところに妙味を感じます(笑)。 |
・・・やはり、“直感” は有効です。 自分にしか解からない感覚なので、他人からは首を傾げられるかもしれませんが、 希望とか嗜好とか記憶とか経験とか、自分の脳の中にあるいろんな情報から、 自分自身のために導き出されたもの、だと思いますのでね。 もちろん、 “直感” で決めて失敗した、 なんてケースもありますが、 よくよく考えてみると、そういう、結果的に誤った決断をしてしまった際は、 生活上の何某かの事情で冷静さを欠き、 不安定な精神状態のまま、その場しのぎで思い浮かんだ事を “直感” と信じ込み、 安易に判断してしまっているものです。 御存知のようにバロム・1は、 木戸猛と白鳥健太郎、という2人の小学生が友情の力で合体変身する超人ヒーローですが、 2人が喧嘩していて友情に乱れが生じていると、変身出来ません。能力を失うのです。 それに似てますね。 “直感” は、 落ち着いた精神状態の時に閃いたものしか、当たりません。 “自分自身” というものをしっかりと持ってないと、働かないのです。 冒頭で “日本人ファースト” について述べましたが、 言うなれば、これは、 “自分ファースト” ですかね(笑)。 まずは、 自分の中に余裕を持つ事、それが大事。 冷静沈着な自分、心が充実・安定している自分でいないと、進むべき道を間違える、というわけです。 思い出すと、 猛と健太郎は、番長と優等生、というまったく異なる特質の他人同士ゆえ、 当然の事ながら趣味嗜好や価値観が違い、最初の頃はよく喧嘩してましたよね。なんたって子供だし・・・。 けれど、 地球の平和を守るためバロム・1に変身してドルゲを倒さねばならない闘いの日々の中、 使命感や責任感が次第に強くなって、 肝心な時にバロム・1になれなくては何の意味も無い・・・、 と肝に銘じ、 意見が食い違ったり、何か腹が立つ事があったりしても、喧嘩をしないよう、気をつけるようになりました。 相手を気遣う余裕を心に持ち、常に冷静沈着な強い精神でいるよう、つまり “自分ファースト” でいるよう、2人で努め合うようになったのです。 あの意志は、もう、まんま、 外国人の人たちとこの国で共生していくためには “日本人ファースト” である事、 と同じですね。 “日本人ファースト” を外国人差別と勘違いしている人たちは、『超人バロム・1』を観ると良いでしょう。 趣味嗜好や価値観の異なる猛と健太郎が、地球の平和を守るためにそうしたように、 文化や生活習慣が異なる日本人と外国人が、この国で支え合って生きていくには、 まずは、足元を整え、豊かで強い、健全な日本にする事。 そうでないと、 外国人の人たちを気遣う心の余裕・外国人の人たちと真の共生をしていくための余力が、日本人に備わりませんのでね。 ・・・上手く冒頭の話題に戻れました(笑)。 |
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・・・あ、そういえば、 このマッハロッドのようなポリエチレン製の玩具・人形を 僕が所有してる事を知ると、 「ソフビじゃないじゃん! ポリじゃん!」 なんて、 まるで非難するかのごとく疑問を投げかけてくる人が、時々います。 僕に言わせれば、 そんなの、「好きな怪獣は?」と聞かれ「バルタン星人」と答えた人に、 「怪獣じゃないじゃん! 宇宙人じゃん!」 って食ってかかるようなもので、 鬱陶しい屁理屈の難癖にしか聞こえないのですが(笑)、 最初に述べたとおり、 他人の言ってる事を、いちいち不思議がったり腹立たしく思ったりしても始まりませんから、 ちゃんと、 僕が子供の頃は、ソフビ人形と一緒に ポリエチレン製の人形 (たとえば、 マルサンのウルトラセブン、トミーのジャイアントロボやギロチン帝王、あるいは、海賊版のゴジラなど)が売られていて、 それを手にした際には、当時の子供たちはみんな、ソフビ人形と同等に扱い、闘わせて遊んでいたから・・・、 って、 僕の中にある原風景が現在の蒐集対象の基となっている事を説明しています。 落ち着いた、穏やかな口調でね(笑)。 決して、 「うるせェなぁ、勝手だがや、そんな事!」 なんて、 そんな、感情に任せた乱暴な返答は、していません。 “直感” を信じる “自分ファースト” な僕ゆえ、 趣味嗜好や価値観、常識さえをも異なる他人を気遣う心の余裕が、ちゃんと備わっておりますのでね(笑)。 前回へ 目次へ 次回へ |