第260回 「心の色」 2025.9
あれは、今から47年前、僕が中学生2年生だった時の話。 美術の授業で、或る時、校内写生をする事になり、皆、一斉に教室を出て、 それぞれ、自分が決めたポイントへ移動しました。 階段や渡り廊下など、校舎内の風景を描く子もいれば、 校舎の外へ出て、 バスケットゴールやサッカーゴールが置いてある運動場の風景を描く子、校門付近から見た校舎の外観を描く子、 先生たちの車がとめてある駐車場の風景を描く子、金網越しに無人のプールを描く子、 あるいは、もっとフォーカスを絞って、下駄箱の中の靴とか、水飲み場の水道の蛇口とかを描く子など、様々でしたが、 僕は体育館の裏へと向かいました。 といっても、 体育館の裏の風景を描きたかったのではなく、 単に、先生に見つからない場所に行きたかっただけ、なンですよね。 僕はその美術の先生が大嫌いだったンです。 ・・・ってか、 美術の先生に限らず、 そもそも “学校の先生” という大人が、もれなく全員大嫌いだったンですけどね(苦笑)。 小学生の時から、 何も悪い事していないのに 先生の勝手な思い込みや勘違いで叱られたり殴られたり・・・、っていう理不尽な目にやたらと遭って、 心を裏切られ傷つけられてきたし、 特に中学に上がってからは、 野球のルールを知っている先生が一人もいないので野球部が無い、 という脱力してしまうほど素っ頓狂な学校であったがゆえ、 先生たちの勝手な都合で、 好きな部活を選べない、やりたいスポーツが出来ない、 ほかの中学校の生徒なら誰でもやってる野球を、 先生たちがマヌケなせいで、僕たちだけがやらせてもらえない、 という不自由さ・不平等さに不満を訴えたところ、 「スポーツは何でも同じだ!」、「生意気言うな!」 ってブチギレてきたハンドボール部の顧問の先生とサッカー部の顧問の先生から 殴る蹴るのリンチまがいの行為をされたため(第105回「夢物語 ~幻のウルトラマン先生~」参照)、 この学校のすべての先生は、 無能のくせに威張る、さらには権力を笠に着て子供相手に暴力をふるう、 最悪の大人・最低の人間・・・、 そう思って、入学早々、もう、学校には絶望してしまい、 卒業するまでの3年間、 拗ねて、しらけて、ふてくされて、荒んだ気持ちで通学していたので、 先生たちは、 僕にとって敵視・蔑視の対象でしかなかったのです。 ・・・で、 その美術の先生は、 おそらく50代後半のおばさん(中学生の僕からしたら、もう、お婆さん)だったのですが、 毎日洗っているとは到底思えない、なんだかベタついている長い髪には、いつも変な寝癖が付いていて、 近くで顔を見たら、 乾いた目ヤニで目尻が白くなってたり、鼻の穴から鼻毛の先が出ていたりする時もあって、 なんだぁ? このきったねぇババァは・・・。 これでも教師か? 社会人か? って思って馬鹿にしてましたし、 そんな、 身だしなみには一切気を遣っていないくせに、 タイツだけは、どこで買ってくるのか、ショッキングピンクやショッキングイエローの、 ファッションに対する自身のこだわり(それも明らかに異質なセンス)を主張をしているようなものを穿いていて、 頭がおかしいとしか思えない、どうにも気持ちの悪い人だったのです。 陰で “キチガイババァ” って呼んでました。 ・・・え? 酷い? 悪口が過ぎる? いやいや、想像してみて下さい。 変な寝癖の付いた長い髪がベタベタで、目尻に乾いた目ヤニが付いてて、鼻毛が伸びてて、 ショッキングピンクのタイツを穿いたお婆さんを・・・。 頭おかしいと思うでしょ? 気持ち悪いでしょ? “キチガイババァ” って呼びたくなるでしょ? ・・・まぁ、 それでもその表現が不適切だというのであれば、 どうか、子供だった、という事でお許し下さい。 前述したような理由で、気持ちも荒んでましたし・・・。 それに、本人に面と向かって言ってたわけでもありませんしね。 ただ、 大嫌いだった理由は、そんな不潔そうな見た目の気持ち悪さだけでなく、 その先生は、 僕の絵を見ては、 やれ遠近感がおかしい、だの、やれデッサンが不充分、だのと酷評ばかりしてきたので、それも煩わしかったのです。 ・・・まぁ、その評価そのものは正しかったンでしょうけど(苦笑)、 曲がりなりにも教育者のくせに、 そんなだらしなくて気持ち悪い格好で外を歩いていいと思っているキチガイのお前に、 正常な僕が、偉そうに文句なんか言われるいわれはない。間違っているのは、お前の方だ、お前のおつむだ、お前のタイツだ! って思っちゃってるものですから、何を言われても素直に聞く気にはなれなかったンですよね。 そんなわけで、 とにかく、あんなキチガイババァとは接したくない、 という思いから、 好きな場所へ移動してよい、という校内写生の機会をこれ幸いと、体育館の裏に逃げて隠れたわけです。 その甲斐あって、 授業終了のチャイムが鳴るまでその先生に見つかる事無く、 のびのびと絵を描く事が出来たのですが(もちろん、その絵は、提出後、例によってクソミソに貶され低評価(苦笑))、 教室へ戻ろうとした際、ふと見ると、 朝礼台の付近で運動場全体の風景を描いていた子が、 授業終了のチャイムが鳴り終わっているにも関わらず、その先生に捕まってマンツーマン指導されていました。 なにげなく覗いてみると、 その先生は、 「何を見て描いたの!? よく見なさい、あの空を。こんな色じゃないでしょう!」 と怒り口調で言うと、その子から絵筆を取り上げ、 その子の絵の、水色に近いやや薄めの青で描かれていた空の部分を、なんと、黄色で塗りつぶし始めたのです。 それも、鬼気迫る表情で・・・。 やっぱり、この先生は頭がおかしい・・・、 と思って、気味が悪くなって足早に立ち去りました。 百歩譲って、 先生の穿いてる趣味の悪いタイツの色に関しては、 どんな色のタイツを穿こうが先生の自由なので、それが僕の美意識と違ってても仕方ないとしても、 授業中に生徒が描いた絵に対し、教え導く立場の先生が、 そんなハチャメチャな色彩感覚を押し付けてくるのは、絶対に間違ってると思い、 その子が教室へ戻ってきた際、 「災難だったな。 空が黄色のわけないじゃんなぁ。 キチガイの言う事なんか、気にしなくていいよ」 って慰めたのですが、 その子は、 「やっぱ、芸術家なンだろうな。勉強になったわ~」 などと笑顔で答え、 空は黄色だ、なんていう美術教師の気の狂った指導を、なんと、前向きに受け止めて肯定したンですよね。 僕は、驚いたのと同時に、 先生たちを嫌って学校生活を荒んだ気持ちで送っている自分と 素直で明るく爽やかなその子との、 あまりの “心の出来” の違いに、恥ずかしくなってしまったのですが、 自分の心が歪んでいる事を認めたくなかったので、 「芸術家? どこが?だてぇ~。 あんなの、わざと変な色を使って、芸術家を気取っとるだけだがや~。 だいたい、本当の芸術家は学校の先生になんか、なれせんてぇ~」 と言って、 絵とか彫刻とかの作品で何かを表現する事よりも、 安定した生活を送る事を優先したからこそ公務員になってるわけだから、 そんなヤツは芸術家のなり損ないだ、 芸術家のなり損ないに、芸術を語る資格なんて無いし、そんな中途半端な人間から教わる事など何も無い、 みたいな屁理屈をこねて、憎々しげに言い放ってやったのです(我ながら、ホント、荒んでたなぁ・・・)。 すると、 俺は、「空は黄色だ」っていう先生の言い分よりも、お前のその歪んだ心の方が理解出来んわ・・・、 とでも言いたげな顔で(僕にはそう見えました)、ポカ~ンとされてしまいました。 それで余計にイラついて、 「だいたい、 空は青いから “青空” って言うンだよ! “黄空” なんて言葉が、この世にあるのか!? 青信号は黄色い信号なのか!?」 って声を荒らげてしまったのですが、 「まぁ、落ち着けてぇ~。マミ(当時の僕のあだ名)が怒る事ないだろぉ?」 って、たしなめられました(苦笑)。 ・・・とまぁ、 そんな事があってから数ヶ月が過ぎた頃、 今度は、校内でなく校外で行う写生会の日がやってきて、 2年生の全クラスが、名古屋市千種区にある、東山動物園へと出かけました。 皆が、それぞれ、好きな動物・描きたい動物の檻の前に座り込み、絵を描くのです。 そして、 どの動物を描こうか物色しながら園内を歩いていると、 ラクダの檻の傍でクラスメイトの或る男女が、カップルみたいに仲良く話しているのが目に入り、 幼い頃に観た『光速エスパー』の一場面を思い出したンですよね。 それは、 光速エスパーことヒカル(演ずるは、子役時代の三ツ木清隆さん)が ギターを弾きながらガールフレンドと一緒に『月の砂漠』を歌うシーンだったのですが、 それが、まぁ、 二人とも、調子外れにも程があるヘタクソっぷりで(笑)、とても印象的だったンです。 ホント、音楽の素人の僕(ってか、当時3、4歳だった超子供)にでも、 ひどいな、これ・・・、 ってわかるくらいの、聴くに堪えないものでした。 ただ、 三ツ木清隆さんは、大人になられてから歌手としても活躍されてるくらいなので、 いくら子供の頃とはいえ、歌がヘタクソだったり、音楽が苦手だったりするはずがないので、 ヒカルもそのガールフレンドもごくごく普通の子供(ちょうど、中学生でした)って事を強調するため、 演出として、あまり上手に歌わないよう、指示されていたのかもしれません。 ・・・が、 だとしても、あれはやり過ぎでした。ホント、忘れられません。 なので、 ラクダの檻の前を通りかかった際に、 “ラクダ(転じて『月の砂漠』)” と “中学生のカップル” が、ほぼ同時に視界に入った事で、 あまりに強烈だったため記憶の片隅に残っていたその『光速エスパー』の一場面が瞬時に甦ったわけです。 それで、ラクダを描くよう神様に導かれた気がして(笑)、 そこに腰を下ろし、目の前の檻の中にいるラクダを一生懸命に描き始めたのですが、 下描きを終え、色塗りの段階に入ってしばらくすると、 先述のキチガイババァ・・・もとい美術の先生の姿が遠くに見えました。 もちろん、動物園などという公衆の面前でも、一切、臆することなく、 だらしがなくて汚い身なりなのに タイツだけはショッキングカラー(その日は、火あぶりにされてる魔女か、と思うような、真っ赤なものでした)、 というイカれた出で立ちです。 それが、動物園の人混みの中で、目立つ事目立つ事。 生徒一人一人の絵を見て回っていたようで、だんだんとこちらに近づいてきたので、 うわぁ~、また、絵にケチつけられるなぁ、イヤだなぁ・・・、 ってか、それよりも、 それを見た周りの一般客の人が、 あぁ、この人、先生なんだ・・・、 って、気づくから、 こんな気持ち悪い先生がいる学校の生徒だって思われるの、恥ずかしいなぁ・・・、勘弁してほしいなぁ・・・、 と思ったのですが、 これも神様のお導きか、 先述の、その先生に空を黄色で塗りつぶされた子が、たまたま近くにいたので、 そうだ! と閃き、 僕はその子に耳打ちで、 あのババァが、芸術家でもなんでもない事を証明してやる。 お前が空を黄色にされたように、 あのババァは、 対象物の色を実際とは異なる変な色にすれば、芸術家面してその絵を褒めてくるはずだ、 という事を伝え、 「まぁ、見とれ」 と言って、 先生が目の前を通る頃を見計らい、 絵のラクダの足を、その気色悪いタイツと同じ色である赤で、皮肉も込めて塗り足してやりました。 すると、 案の定、その先生は立ち止まり、 「うん、いいねぇ」 と呟いた後、 「あ~ん、でも、足らないわ。もっと、もっと・・・」 と言って、僕から絵筆を取り上げ、 こうするのよ、とばかりに僕の絵のラクダの足を更に赤く塗りつぶし始めました。 してやったり、 でしたが、 先生の勢いは止まらず、 足だけでなくお腹の部分まで赤く塗りつぶし始めたので、 僕は自分の描いた絵がそんな妙ちくりんな色彩感覚のものになっていくのが許せず、 「解かりました、先生。自分で描きますから・・・」 と言って絵筆を取り返しました(苦笑)。 先生が立ち去った後、僕は、空を黄色に塗りつぶされた子にドヤ顔で、 「ほらな? おかしな色で絵を描いてみせて、凡人じゃないフリしとるだけだて、あんなの・・・。 芸術家でも何でもない。 ただの公務員。それも、芸術家に憧れたけどなれなかった自分自身を誤魔化してる、しょうもない人間!」 と言い放ってやった事は言うまでもありません (・・・あ、繰り返しますが、 “学校の先生” という大人を忌み嫌い、荒んだ気持ちでいた子供の屁理屈です。 美術教師をされている方やその御家族の方などが、もしこれを読んでて気を悪くされたのなら、ごめんなさいです。 しょうもない人間なのは僕の方ですから・・・)。 ただ、それでも、 その子は、僕と違って本当に素直で明るく爽やかな、いいヤツだったので、 独りムキになってる僕に対し、 「あの先生に何か恨みでもあるの?」 なんて、優しい口調で聞いてきて、 そんなふうに気持ちがささくれ立ってる僕を心配してくれましたけどね(苦笑)。 ちなみに、その時の絵は、 ラクダの足を赤く塗ったがために、キチガイババァ・・・もとい美術の先生に気に入られて高評価を得、 本当に絵が上手な子たちの作品の中に交じって職員室前の廊下の壁に貼り出され、 皆から注目される羽目になってしまったのですが、 それを見た同級生たちから、 「これ、血?」 とか、 「このラクダ、怪我しとったの?」 とか言われてからかわれ、 自分の色彩感覚やセンスでもないのに いちいちそれに対応しなくちゃいけないのが、とても面倒くさかった事を憶えています(笑)。 |
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ゴジラ 全長約17センチ、アンギラス 全長約23センチ。 バンダイ製 ムービーモンスターシリーズ イマジネイティブカラーセット。 昭和30年公開の映画『ゴジラの逆襲』の劇中で、 氷山に埋もれるゴジラと、 ゴジラの放射熱線で焼かれるアンギラス、を それぞれイメージしたカラーリングで、 平成18年に、箱入り2体セットで発売されました。 |
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最初、この商品をオモチャ屋で見た時、 『ゴジラの逆襲』がモノクロ作品だった事もあってピンと来ず、 なんだぁ? この変な色・・・、 って思ってしまったのと、 何より、 部分的に赤いアンギラスが、 先述の、中学2年の時の写生会で描いた、部分的に赤いラクダの絵を思い起こさせ、 キチガイババァ・・・もとい美術の先生(何回、言うねん!)の事が脳裏に甦ってしまったため、 いつものソフビ人形を買う時ほどの高いテンションには、ならなかったのを憶えています(苦笑)。 ![]() |
・・・でも、まぁ、 商品のコンセプト(なんでゴジラやアンギラスがこんな色をしているのか)は理解出来たので、 コレクションに加えるべく喜んで購入しましたけどね。
“写生” とは、 物でも風景でも、描くべき対象をありのままに写し取る事ですから、 言ってみれば、 実物の怪獣をリアルな造形・彩色で忠実に再現する平成のソフビ怪獣人形と、同じ概念のものです。 なので、 実物とは違う変な色で描くのなら、 このゴジラ人形やアンギラス人形のように 劇中の或る場面の様子をイメージした、 などという、その理由が判然としていれば、 好みの問題はともかく、一応、納得は出来るのですが、 理由もなく、 当たり前のように、 空を黄色に塗られたり、ラクダを赤く塗られたりしても、 僕には、まったく理解出来なかったンですよねぇ・・・。いまだにモヤモヤしています。 ただ、 黄色い空や赤いラクダよりも、 荒んだ気持ちで中学校に通っていたあの頃の僕の心の方が、よっぽどおかしな色してた、という事だけは、 はっきりと判かっています(苦笑)。 ・・・な~んて言いながら、 心の色なんて、大人になった今でも、たいして変わってないンですけどね(恥)。 前回へ 目次へ 次回へ |