真水稔生の『ソフビ大好き!』


第72回「燃ゆるパンドン 〜変な形は恋の形〜」  2010.1

昨年末、
山口百恵さんが『ザ・ベストテン』に出演した際の
全歌唱シーンが収録されたDVDボックスが発売され、話題になった。
そのニュースをテレビで見ていて、

 百恵さんが芸能界を引退して、もう30年も経つンだなぁ・・・、

などと感慨にふけっていたら、
『ウルトラセブン』の最終回に登場した怪獣・パンドンが、頭に浮かんだ。
なので、
今回はパンドンについて述べる事にします。

 ・・・は?
 なんで山口百恵からパンドンを思い出すの?
 山口百恵とパンドンに、何の関係があるの?

と思った貴方、
ごもっともでございます。
それではまず、
なぜ僕が百恵さんからパンドンを連想したか、というところから話を始めましょう。


昨年末に発売されたそのDVDボックスに収録されているかどうかは知らないけど、
百恵さんが出演した際の『ザ・ベストテン』で
僕が最も印象的で忘れられないのは、
『美・サイレント』という曲でランクインしていた時の事。

百恵さんが、
別の仕事現場からスタジオへ歌の衣装のまま駆けつけてくるンだけど、
その時、
テレビ局の階段を走ってのぼっていく百恵さんを、
カメラがずっと後ろから追っていた。

百恵さんのファンや僕と同世代の人なら憶えていると思うけど、
『美・サイレント』の時の百恵さんの衣装は、
スカートの後ろに大きなスリットが入っているものだった。

後ろに大きなスリットが入ったスカートを履いて階段を上っていく百恵さんを
後ろからカメラが追っかけたら、どうなるか。

僕はその瞬間ドキッとして唾を飲み込んだ。

そう、スリットの隙間から、百恵さんの脚が見えたのだ。
一段一段、一歩一歩、
しなやかに躍動する百恵さんのふくらはぎが、膝の裏が、そして太腿が、
テレビ画面に堂々と映し出されたのである。
それも、
下からのアングルだから、ちょっとエロい。

百恵さんも途中でそれに気づいたけれど、
早くスタジオに到着して歌わなければいけないので、
恥ずかしそうな表情を見せながら、そのまま階段を駆け上がっていった。
しかも、
これが一瞬ではなく、結構長い時間(10秒以上あったと思う)続いた。
当時、中学3年という思春期の真っ只中にいた僕の下半身がその時どうなったか、
言うには及ばないだろう。

・・・あ、いや、そんな事は問題じゃない。
重要なのは、この後。

百恵さんが息を切らしながらスタジオに現れると、
司会の黒柳徹子さんが、
国民的アイドルのエッチな映像が流れた事を心配されてか、
思わず、

 「あんなに見せちゃっていいンですか?」

と、百恵さんに尋ねた。
本当にそれくらいショッキングな映像だったのだ。

だが、
百恵さんは、黒柳さんのその質問に対し、
何のためらいもなく、

 「はい」

と、上品な笑顔で爽やかに答えたのである。

僕は驚いた。
そして秒殺された。
そのあまりに予想外な態度に、

 なんて素敵な女性なンだろう、

と、シビれてしまったのだ。
男のいやらしい視線を
清々しさで軽く吹き飛ばしておきながらも、
“女” としての魅力は破綻させない、という、
百恵さんのなんとも大人な対応に、尊敬の念まで抱いてしまったのである。

太腿も嬉しかったけど、
あの返答はもっと嬉しかった。
元々小学生の頃から好きだったアイドルではあったが、

 「やっぱ、百恵ちゃんはエエなぁ・・・」

と思わず呟き、更に更にファンになってしまった次第である。


予想外の振る舞いをされた事によって
その女性の感性や意識が自分より遥か上のレベルにある事を思い知らせれた時、
どうやら僕は恋におちる。

百恵さんのDVDボックス発売のニュースから、
ふと、そんな自分自身の恋愛感情の成り立ちを、改めて認識した。

ひそかな片想いにしろ、
失恋にしろ、
実った恋にしろ、
振り返ってみれば、ずっとそうだった。
僕はいつも、
あの時の百恵さんのように、
こちらの思惑とは別次元で生きてるような、
高い精神年齢・深い懐の女性に、強く惹かれるのだ。
そういう女性を、とても気高く思うのである。

そこで、
そんな僕の女性観は、いつ頃芽生えたのだろう、と更に記憶を辿ってみた。
すると、
子供の時に見た『ウルトラセブン』の最終回に、その原点があった事に気がついたのだ。

第10回「僕が愛したウルトラセブン」の中でも述べたが、
『ウルトラセブン』の最終回を見ていた時、
自分の正体が宇宙人(ウルトラセブン)である事がバレそうになり、
職場から逃げ出して行方不明になっていたダンを見つけたアンヌが、
当然怒ってダンを責めるだろうと思ったのに、
なんと笑顔で、

 「なぜ逃げたりなんかしたの?」と

やさしく聞いたので、
その瞬間に
アンヌが僕の永遠の憧れの女性になってしまった。

それが何歳の時だったかは、
ちょっと憶えていない(たぶん小学校の高学年だった気がする)けど、
それまで何度も再放送で見ていた『ウルトラセブン』という番組の、
テレビドラマとしての美しさや深さに
その時初めて気づいたし、
その時初めて、
アンヌを “女性” として意識した。
主人公のモロボシ・ダンや
ヒーロー・ウルトラセブンよりも、
アンヌ隊員の方がカッコよくて素敵だと思った。

ウルトラ警備隊の隊員だし、
ダンに想いを寄せる女性だし、
幼い頃からずっと好意的な目で僕はアンヌを見てきたが、
それとは違う、もっと強い感情が、
あの時突然湧き起こった。
まさに、ハートを射貫かれた感じだった。

なぜ、あんなに優しいのか?
なぜ、あの状況で笑顔なのか?
それも無理矢理作っているのではなく、自然な感じで。
とても不思議だった。
不思議だけど、
自分の全てを委ねてしまいたくなるくらい、
気持ちがやわらぎ、体中の力が抜けて、
そのままテレビ画面に吸い込まれそうな気がした。
アンヌ隊員という “女性” に、
一瞬で心を奪われ、骨抜きにされたのだ。

金城哲夫さんのシナリオ集『ノンマルトの使者』(朝日ソノラマ・刊)で、
『ウルトラセブン』最終回の脚本をチェックすると、
そのシーンのト書きには、

 アンヌ、ゆっくり近寄ってくる。

とあるだけで、
優しい笑顔で癒すように、とか
追いつめられたダンを温かく包み込むような感じで、とか、
こと細かな事は一切書かれていない。
なので、
あれは、満田監督の演出か、
もしくは、
アンヌ隊員を演じた菱見百合子(現・ひし美ゆり子)さん自身の解釈による演技か、と思われる。
どちらにせよ、素晴らしい。

そして、
その後の展開が、
自分の正体をダンがアンヌに告白する、あの永久に語り継がれる名場面になるわけだけど、
アンヌに優しく来られたから、
ダンも全てを明かす気になったのだと思う。
あれが、もし、普通の女性のように、

 「なんで逃げたのよっ!?」

なんて怒り口調で来られたら、ダンはまた逃亡しただろう。

女性というものは、
本来、男性よりも遥かに高い次元に精神を持つ生き物であり、
アンヌのあの言動は、
それを象徴するものだったに違いない。
そしてそれが、
テレビドラマのような作られた虚構の世界に限られたものではなく、
現実であり、事実である事を証明してくれたのが、
前述した百恵さんの態度なのである。

ゴールデンタイムの歌番組なのに
アイドル百恵ちゃんを
エッチな目で見てエッチな事を考えてしまった僕の “うしろめたさ” は、
アンヌに理由も告げず行方をくらまし逃亡していたダンの、あの時の気持ちに通じるものがある。
そして、
そんな、男が勝手にグジグジ気にしている引け目を、
予想外の対応で爽やかに吹き飛ばす女性の大きさ、強さ、温かさ、
とても素敵である。
アンヌ隊員が永遠の憧れの女性である以上、
僕があの時百恵さんに1秒で恋してしまったのは、しごく必然であろう。

また、『ウルトラセブン』は、
当然の事ながら、
幼い頃からずっと
怪獣目当てに見てきた番組であったので、
あの最終回には、
そこに出てきた真っ赤な怪獣・パンドンの印象が強く貼りついていた。
なので、
アンヌの魅力に気づいたその時から、
パンドンは、
憧れの女性に対する想いと一体化して、僕の恋心を表象する存在になった。

熱く胸を焦すかの如く、赤く紅く燃えながら、
パンドンは、
ずっと僕の心の中に居ついているのである。

ゆえに、
百恵さんの態度から、
『ウルトラセブン』最終回のアンヌの言動に行き着き、
その化身として脳にインプットされている怪獣パンドンを思い出した、というわけなのである。

ただ、パンドンは、
お世辞にもカッコいいと言える怪獣ではない。
なんだかよくわからない、ヘンテコな姿形をしているのだ。
パンドンという怪獣について語るなら、
個人的な思い入れとは別に、
その不格好な容姿ついても、触れなければならないだろう。


『ウルトラマン』の最終回には、
ウルトラマンでも歯が立たない最強の怪獣・ゼットンが登場した。
ウルトラマンより強い、
という設定に大いにうなずける、不気味でカッコよくて、とても魅力的な怪獣だった。
だから、
『ウルトラセブン』の最終回にも、
最強の、そしてカッコいい姿形をした怪獣が登場すると、僕ら当時の子供たちは信じていた。

だが、その期待は完全に裏切られた。
現れたのは、
エビフライのお化けみたいな、変な怪獣であった。
それが、パンドンである。

ブルマァク製、スタンダードサイズ。 
全長約21センチ。

そんな実物のパンドンのカッコ悪さに足並みを合わせるかのように、
人形の方も、
このように見るからに粗略な造形であり、
ブルマァク独特の端正でカッコいい造形美が、まだ完成されていなかった事をうかがわせる。
でも、
くるりと後ろを向かせると、
背中に突然吹かれたメタリックグリーンの塗装が鮮やかで、
派手な彩色で子供の目を引いた、ブルマァクらしいセンスが、少し感じられるので嬉しい。

また、
その背中のメタリックグリーンには、
バージョン違いも存在し、
こうして並べると、
ダンがアンヌに自分の正体を告白した場面の、
あのキラキラと輝いていた美しい映像が
思い浮かんできて、胸が熱くなる。


御存知の通り、
『ウルトラセブン』の最終話「史上最大の侵略」は、
前編と後編からなる、二週に亘る大作である。
前編で、
パンドンはセブンに倒されるが、
後編では、
セブンにやられた左手と右足を機械に変えた、改造パンドンが登場する。

この人形を見ると、
右手と左手の形状が異なるので、その改造パンドンがモデルになっていると思われるが、
銀色であるはずの機械の義手義足が
胴体と同じ赤で成形されているため、非常に判りにくい。
背中には、
実物に無いメタリックな塗装が施されているのに、
金属部分である左手と右足にはメタリックを使っていないのである。
いかにも昭和な、緩さ・気の利かなさである。

でも、
子供たちがちょっと空想を付け足せば、
改造パンドンとしても、改造前のパンドンとしても遊べるわけで、
この辺の感覚が、
大らかな時代が生み出したアンティークソフビの良いところであり、
マルサンやブルマァクを知らない世代の人たちに、
あるいは、
リアルな表現のソフビを無条件に支持する人たちに、
僕が知ってほしい、気づいてほしい、オモチャの “夢” でもある。



ところで、
パンドンには、“双頭怪獣” という肩書きが付いている。
特撮ファンの方なら御存知とは思うが、
双頭怪獣というだけあって、
パンドンは、デザイン画も最初に作られた着ぐるみも、
鳥のような頭部が二つある、そこそこカッコいい怪獣だったのだが、
撮影直前に
現場のスタッフによって着ぐるみが作り直されている。
作り直されて劇中に登場した着ぐるみも、一応二つの頭部を持っているのだが、
人形を見てもわかるとおり、
左右それぞれ真横(外側)を向いており、
しかも、
その二つの頭部はくっついてひとつの頭部のようになってしまっているから、
横を向いた二つのくちばしは、耳にしか見えない。
パッと見では、
なぜこの怪獣が双頭怪獣などと呼ばれるのか、首を傾げてしまうのである。



それにしても、
なぜ、着ぐるみが変更されたのか。

『ウルトラセブン怪獣事典』(朝日ソノラマ・刊)に掲載されたデザイン画や写真の資料を見ると、
ゼットンのカッコよさには到底及ばないものの、
NGになった最初の着ぐるみの方が、パンドンは間違いなくカッコいい。
僕ら当時の子供からすれば、
頭部を三つ持つキングギドラという東宝のスター怪獣のおかげで、
頭部が複数ある怪獣には、“強くてカッコいい悪役” というイメージもあったわけだし、
NGにして作り直す必要など、どこにもなかったように思える。
なのに、なぜ、
作り直されたのか。
動きにくい、とか、前が見づらい、とか、そんな理由だろうか。

いや、ひょっとすると、
もし、成田亨さんが、途中で番組を降りずに最終回まで怪獣のデザインを担当されていたら、
頭が二つある化け物なんて絶対描かないだろうから、
成田さんの怨念が、
最初のデザインによる着ぐるみがボツになるよう、何某かの力を加えたのかもしれない(笑)。

まぁ、理由が何であれ、
着ぐるみが変更されて、エビフライのお化けみたいな姿になった事は、
とにかく決して喜ばしい事ではなかった。
ゼットンみたいなカッコいい怪獣を期待していた子供たちを裏切っただけではなく、
その子供たちが大人になるくらい時間が経過した後で、
僕らソフビ怪獣人形のコレクターを大いに苦悶させる事にもなったのだから。

というのも、
人形の頭部にある数本の小さな棘(エビフライでいうところのパン粉の粒)が、
無事に全て残っている人形が、とても少ないからなのである。
小さくて細くて華奢だから、ちょっとした拍子に簡単に破損してしまうのだ。
なんたって、
袋入りの新品同然状態で発見されても
その袋の中で折れたり欠けたりしてしまっている場合もあるのだから、どうしようもない。
パンドンのソフビは、極めて入手困難なアイテムになっているのである。

以前、
ガマクジラ人形のイボが全て残っているものと出逢うのに
かなりの年月がかかった事を述べたが(第18回「天までとどけ ガマクジラ」参照)、
それと同様に、
この完品状態のパンドン人形を手に入れるまでには、僕はとても苦労した。
今でも苦労している人がいるかもしれない。
最初の着ぐるみが採用されていれば、
パンドンはエビフライみたいな姿はしていないので、
人形にもこんなパン粉の粒のような小さくて細かい突起は無かったはず。
いい迷惑である(笑)。


こちらは、ブルマァク製ミニサイズ
全長約10センチ。
改造パンドンではなく、前編に登場した方のパンドンの人形。
安価なミニサイズ人形という事で、
スタンダードサイズの人形のような細かい突起は省略されているようだが、
首の傾き加減が絶妙にリアルで、
スタンダードサイズ人形よりもカッコいい造形だと思う。

ただし、
このように色が黄色なので、
怪獣パンドンと言うよりは、僕はヒヨコを思い出してしまう。
それも、
下校時に小学校の校門の前や通学路の途中で売られていたヤツ。
あの、狭い箱の中で押し合いながらピヨピヨ鳴いていたヒヨコたちが、
半抽象的に立体化されたような気がして、
『ウルトラセブン』とは関係無いところで郷愁を感じてしまうのである(笑)。


昨年末に、
マルサン → ブルマァク → ポピー → バンダイ というソフビ怪獣人形の歴史について述べたが、
このパンドンは、
前述したように、『ウルトラセブン』の華麗なる最終回を飾った怪獣でありながら、
そのヘンテコな姿形が災いしてか、今ひとつ不人気だったため、
ブルマァク以外のメーカーからは、ソフビ怪獣人形としてはずっと発売されていなかった。
だが、
ウルトラで育った世代が大人になり、
商品化にあまり恵まれなかったマイナー怪獣にもスポットが当たるようになったため、
平成3年に、
改造パンドンのソフビ人形がバンダイから発売された。
嬉しかったなぁ、これは。

バンダイ製、ウルトラ怪獣シリーズ
全長約16センチ。
もちろん、
実物に似せたリアルな造形が求められる時代の商品なので、
ブルマァクの人形と違って、一目で改造パンドンと判る造形・彩色になっている。




更に月日は流れて平成12年、
改造前のパンドンの人形も発売された。

バンダイ製、ウルトラ怪獣シリーズ
全長約16センチ。


更に更に月日は流れて平成20年、
劇場作品『大決戦!超ウルトラ8兄弟』において、
かつてウルトラセブンと戦ったパンドンと同族の宇宙生物に生体改造を施した、という設定で
キングパンドンという怪獣が登場したが、それがコレ。

向かって左側はウルトラ怪獣シリーズで全長約15センチ、
右側は食玩で全長約10センチ。

『ウルトラセブン』から40年を経て、ついに、
最初にNGになった着ぐるみのデザインが採用されてのパンドンが
ソフビ人形として商品化されたわけである。



人間の想いとか気持ちとかといったものは、形では見えないものである。
でも、いつか、もしもそれが可能なマシンが発明されて、
恋をしている時の僕の心の中をスキャンしたら、
きっと
怪獣パンドンのような形が映し出されるだろう。
色だけは情熱的に紅くメラメラ燃えているだろうけど、なんだかよくわからない、ヘンテコな形が。

人は、恋をすると、理性などどこかへ吹っ飛んで、
冷静さを欠き、平常心ではいられなくなる。
なんだかよくわからない精神状態になってしまうのだ。
なので、
なんだかよくわからないヘンテコな姿形をしているパンドンという怪獣が
恋の権化として僕の中に棲む事になったのは、偶然ではないような気がするのである。


そんなパンドンについて、思いを綴る事が出来て良かった。
完品のソフビを入手するために苦悶した労を自らねぎらう意味でも、
この『ソフビ大好き!』でいつか取り上げて、詳しく紹介したいと、前々から思っていたのだ。

百恵さんのおかげで、今回それが果たせた。
だから最後も、
百恵さんで締めたいと思う。

   ♪緑の中を走り抜けてく真紅なパンドン

・・・しょうもなっ!(笑)



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