第88回 「ギャンゴの耳は僕の耳」 2011.5
僕の左耳には、
24時間、キーンという金属音のような音が鳴り響いている。
高校2年の時に
野球部の監督に殴られて以来、30年間ずっと。
しかも、
いつからか、その左耳の金属音に共鳴するかのように
右耳からも
それに似た不快な音が聞こえ出し、
まるで頭の中でセミが大合唱しているようなのだ。
殴られるような事は何もしていないのに、
こんな、おそらく一生治らないであろう傷を負わされてしまい、
まったくもって迷惑な、哀しい話である。
僕をこんな体にしたその監督は、
学校の教師ではなく、ただのオッサン(野球部のOB)で、
当時40歳くらいだったと思うけど、
お金持ちのお坊チャマで特に仕事には就いておらず、
毎日どこで何をしているのか、
夕方になると
愛車のフォルクスワーゲン(たぶん親に買ってもらったンだろうと思うけど)に乗って学校に現れ、
僕らに野球を教えて帰っていく、
という人だった。
或る日、
いつものように放課後ユニフォームに着替え、
これから始まる練習に参加するため、僕は部室を出た。
そこへ監督が登場。
挨拶をすると、その日はなんだか機嫌が悪そうで、
フォルクスワーゲンのドアを荒々しく閉めると、
いきなり、
「お前たち全員、気合が入っとらん!」
と怒鳴って、僕らを横一列に並ばせた。
気合も何も、
これから練習が始まるのだし、
サボって遊んでたわけでも、ダラダラしてたわけでもない。
そもそも、
今来たばかりの監督に、
僕らに気合が入ってるか入っていないかなんて、判別出来るわけがない。
あきらかに、八つ当たりであった。
だいたい、
その年齢で親に食わしてもらいながらフラフラしてるのだから、
気合が入っとらんのは、
むしろお前の方ではないか!?
・・・と、
今ならそう思うけど(笑)、
当時、僕は子供だったし、なんたって相手はOBで監督という偉い人なので、
特に不服に思う事も無く、素直に従った。
で、
僕らが横一列に並ぶと、監督は端から一人ずつ次々にビンタし始めた。
意味がわからなかったが、
今述べたように、
OBであり監督でもある大人、という、
自分よりも遥かに偉い人がする事なのだから、
僕はそれほど理不尽にも感じず、
あぁ殴られるのかぁ、嫌だなぁ・・・、
くらいの感覚で、
自分の番が来るのを待った。
入部以来、監督に殴られるのは初めてだったが、
その監督は、常日頃から、
「俺がお前たちくらいの頃は、喧嘩ばっかりやっとったゾ」
などと自慢げに話していたので、
そんなに喧嘩が得意なら
きっと上手に殴ってくれるのだろう、という、
“安心” って言ったら変だけど、そんな気持ちもどこかにあったのだ。
ところが、である。
その監督は、
喧嘩ばかりしていたと言うわりには、
ビンタひとつまともに頬に当てられないほど、
人を殴るのが下手だった(本当に喧嘩ばかりしてたのか? 実に疑わしい)。
その、
明らかに慣れてない感じの、鈍臭い動きによって繰り出された手の平は、
僕の頬ではなく左耳を、おもいっきり直撃した。
その瞬間、
キーンという音が鳴り響き、
僕の左耳は耳栓をしたみたいにほとんど聞こえなくなった。
機嫌が悪いのは、
どうせ、
パチンコで大負けした、とか、
来る途中にスピード違反で捕まった、とか、
おそらくそんなところだったンだろうが、
腹いせに殴られてケガさせられたンじゃあ、たまったモンじゃない。
ろくでもない監督の野球部に入ったものである。
でも、
なんでこんな目にあわなければならないのか、という不満より、
やるならちゃんとやってくれよォ、という不満の方が大きかった。
それまでにも、
小学校や中学校で教師から何度かビンタされた経験はあったが、
あんなヘッタクソなビンタは初めてだった。
脱力感が全身を襲い、
僕はそこで初めて、気合が入らなくなった(笑)。
・・・で、
その時、同じようにビンタが耳に当たって
僕と同じ症状になったチームメイトがもう一人いたので、
翌日、
その子と一緒に耳鼻科へ行った。
二人とも “中耳炎” と診断された。
「どうしてこんな事になったのか?」
と、怪訝そうな表情のドクターに聞かれたが、
「監督に殴られました」
なんて正直に話して問題にでもなったら、大会に出られなくなってしまう心配もあるので、
「二人で廊下でフザけてて、転んじゃった」
とウソをついた。
二人で転んで二人とも左耳を強打した・・・、
なんて、
どう考えても不自然で、ウソである事はバレバレだったけど、
それしか頭に浮かばなかったのである。
ドクターの口元はちょっと笑っているようだったが、
それ以上何も聞かれなかった。
おそらく、喧嘩でもしたのだろうと思われたンだと思う。
病院からの帰り道、
二人で道路の隅に座ってたこ焼きを食べながら、
やり場の無い怒りと情けなさから、何度もため息をつき合ったのを憶えている。
その後、
2、3回通院して、そのチームメイトの耳は治ったが、
僕の方はその子よりも重症だったのか、
1週間経っても、
キーンという音は全然鳴り止まないし、聞こえも相変わらず悪かった。
よって、
独りで通院を続ける事になった。
通院自体も面倒でイヤだったが、
それよりも、
病院へ行くには練習を早退しなければならないので、
その許可を監督からもらうのが苦痛だった。
なぜなら、
信じ難い事に、その度に監督から、
「殴られてどこやらが痛いなんて
いつまでも言っとらんと、ボールのひとつでも磨いてけ」
とか、
「試合に出んヤツに限って、そうやって練習をサボるんだ」
とか、
そんな陰湿極まりない嫌味を、いちいち言われるからである。
早く治したかったし、
立場上言い返す事も出来なかったので我慢するしかなかったが、
僕が監督を殴りたい心境だった。
結局、20日間くらい通院したけど、
中耳炎は治って普通に聞こえるようになったものの、キーンという音は鳴り止まなかった。
「中耳炎は完治しているし、診たところ何も問題はないですよ」
との事で、治療は終了した。
・・・というのが、
今日まで続いている “セミの大合唱” の始まりである。
SFドラマみたいに、
それを機に、
普通の人間の何倍もの聴力を持つ事になったり、
別次元の音や声が聞こえるようになったりしたら面白いのだけど、
単に、キンキンシャーシャー、うるさいだけ。
現実とは
辛く退屈なものである。
30年間も付き合ってきた症状なので、
さすがに慣れはしたけれども、
それでも、
静かな場所にいる時や就寝時などは、
気にしだしたら、うるさくて頭が痛くなる事もある。
そんな時、
僕は決まって、
『ウルトラマン』第11話「宇宙から来た暴れん坊」に登場した、
脳波怪獣ギャンゴの事を思い出すのである。
人間の思念を感知して、
オモチャにでも、ケーキにでも、お嫁さんにでも、
その人が欲しいと思ったものなら何にでも変身してしまう不思議な石が
宇宙のどこかから飛んできて、或る男の手に渡り、
その男のいたずら心から “怪獣” に姿を変えてしまった、
というギャンゴは、
防衛軍の怪獣部隊による熱線砲の攻撃で右耳を傷つけられ、
その後、ウルトラマンのチョップにより左耳も傷つけられてしまう、痛々しい怪獣である。
左右の順番は逆だが、
片耳を負傷し、後に反対側の耳もおかしくなった僕に似ている気がして、
親近感を覚えてしまうのだ(笑)。
しかも、
似ているのは、
耳をやられた事だけではない。
知慮が低いところも、野球部の頃の僕とカブる。
このギャンゴ、
“自分の念じたものに変身してしまう石” という世界征服すら可能なアイテムを手に入れながら、
それを怪物に変えてみんなを驚かしてやろう、
などと考えた幼稚な男のテレパシーから生まれた怪獣だけあって、
その戦いぶりは、実に程度の低いものだった。
ウルトラマンの真似をして
自分も空を飛ぼうと飛び上がりそのまま落下して尻餅、とか、
ウルトラマンにぶつけようと放り投げた戦車が
自分の頭の上に落ちてきて目を回したり、とか、
もう、
失笑に次ぐ失笑であった。
そんな救いようの無い低能ぶりが、
喧嘩好きである事を子供相手に自慢げに話すようなしょうもないオッサン、
しかも40歳にしてニート、
などという人を
“野球部のOBで監督” というだけで偉い人だと思い込んでいた、
あの頃の未熟で痴愚な僕を彷彿とさせるのだ。
我ながら嘲笑してしまう。
ギャンゴ人形。 向かって左から2体がマルサン製、右端がブルマァク製スタンダードサイズ。 ともに全長約24センチ。 生き生きとした無邪気な笑顔の表現によって、 実物の、 “知力が弱い” という特徴が “わんぱく小僧” みたいなイメージに美化されているところが素敵。 |
この人形、見た目では全然わからないが、 両耳が内側からパテで補修してある、 いわゆる“修理品” である。 つまり、 傷つけられた耳が治療してあるわけで、 味わった痛みや乗り越えた苦しみが僕と共通で、 お互いに気持ちが解り合えてる気がして(笑)、 変な意味で気に入っている。 外見上は異常無し、ってところも 僕と同じだし・・・。 |
また、このブルマァクの人形の方は、 僕が殴られた方の耳と同じ左耳が、こんなふうに歪んで倒れている。 買った時からこうなっていたのだが、 たぶん、何かが左耳の上に乗っかった状態で 押しつぶされたまま、何年も保管されていたのだろう。 ドライヤーやお湯で温めて、 なんとか正常な状態にしてあげようと幾度か試みたけど、 時間が経つと、結局こうなってしまう。 一生治らない左耳の異常・・・、 これまた、因縁を感じてお気に入り(笑)。 |
僕と同じように コイツらにも、“セミの大合唱” が絶えず聞こえてるのかな?(笑) |
こちらは、ポピー製のギャンゴ人形で、全長約17センチ。 なんと、片耳を傷つけられた状態で商品化されている。 ・・・そんな状態で人形にしてやるなよ、可哀想に。 ギャンゴの身にもなってやれっつの。 だけど、よくしたもので、 楽しそうな顔をしているマルサンギャンゴと異なり、 この人形は、 「冗談じゃないぜ、バカヤロ」とでも言いたげな、 フテくされた表情になってます(笑)。 |
ギャンゴは、
最後、男がギャンゴの事を考えるのをやめたためテレパシーの送信が絶えて、
元の石に戻ったが、
人間である僕には “石に戻る” なんて解決法は無い。
これから先もずっと、
このうるさい “セミの大合唱” を聞きながら、生きていかなければならないのだ。
あぁ、なんという辛さ哀しさ情けなさ。
だけどメゲないぞ。
耳鳴りなんか屁とも思わず、たくましく生きていってやる!
僕にはコイツらがいるンだ。
僕と同じ不良な耳を持つ可愛いコイツらと傷を舐め合いながら(笑)、
明るく楽しい人生を、これからも送ってみせるぜ!