第68回 「心は “せいたかさん”」 2009.9
コロボックルをテーマにした、
『だれも知らない小さな国』という、佐藤さとるさんの創作童話を初めて読んだのは、
小学4年生の夏休みだった。
宿題であった読書感想文の課題図書があまりにもつまらない本だったので、
僕はどうしても感想文を書く気になれず、
新学期も近づいてきて困っていた。
そんな時、
たまたま遊びに行った友達の家で、本棚にあったその本が目に留まったのだ。
なんとなく興味が湧いたので貸してもらって読んだら、
これがとても面白く、
あっという間に読み終えてしまった。
なので僕は、
課題を無視して、
その『だれも知らない小さな国』の感想文を書いて、夏休み明け、先生に提出した。
夢中で書いたため、
決められた枚数をかなりオーバーしてしまったが、
課題図書のあとがきだけを読んで
“感想文モドキ” を書いてるほかの子よりもよっぽど真面目に取り組んだし、
我ながら良く出来た内容だと自負していた。
僕の感想文を読んだ先生の感想を、逆に聞きたいくらいだった。
でも、
先生からは、
指定してあった本と違うし枚数も多過ぎる、という理由で、
「君はワガママだ」と怒られた。
しかも、
内容はちゃんと見てくれたのか、僕の感想文を先生は読んでくれたのか、と尋ねたら、
「読む必要は無い」とまで言われた。
哀しかった。
僕の、“学校の先生” という大人を信用しない歴史が、あの時始まった(笑)。
あれから35年経った今、
僕は、
コレクションしているミニソフビに、コロボックルのイメージを重ねている。
『だれも知らない小さな国』を読んで胸がときめいた感覚を、ずっと忘れずにいたいからである。
なので、
主人公の男の子がコロボックルたちから “せいたかさん” と呼ばれていた事に因み、
僕も、
ミニソフビたちから “せいたかさん” と呼ばれている、と思う事にしている(笑)。
そんな、
ミニソフビ(=コロボックル)たちに囲まれた生活は、
楽しい夢を見させてくれる、とても幸福なものである。
また、
そうやってコロボックルに思いを馳せ続ける事で愉快な日々が成立すれば、
『だれも知らない小さな国』の読書感想文を読みもせず僕を否定した学校の先生を
逆に否定してやった気分にもなれる。
幼い頃の心の傷を、癒していく事にもつながるのだ。
つまり、
小さくて可愛らしいコロボックルのようなミニソフビを愛せば愛すほど、
そのコレクションが充実すればするほど、
僕の心は、穏やかで健やかなものになるのである。
ミニソフビは、とても素敵だ。
現在の食玩ソフビのような精巧な作りではなく、
昔のミニソフビは、造形やカラーリングがとてもチープなのだが、
そこが、サイズが小さい事とマッチしていて、
なんともいたいけで、
見つめていると、とても温かい気持ちになる。
しかも、
そんなほのぼのとした雰囲気を醸し出していながらも、
大きさが倍以上ある、他のサイズのソフビ人形をも圧倒するような
エネルギッシュな生気も潜在していて、
とても魅力的なのだ。
僕はそれを、愛さずにはいられないのである。
というわけで今回のテーマは、ミニソフビの魅力について。
コレクションと共に、僕の熱い思いを紹介しよう(笑)。
マニアやコレクターの方はよく御存知だし、
これまでの『ソフビ大好き!』の中でも
当たり前のようにその呼称を使ってコレクションを紹介してきたので、
今更説明する事でもないのだが、
昔のソフビ人形は、主に四つのサイズに分類される。
全長が、
約30センチ前後のものはジャイアントサイズ、
約20センチ前後のものはスタンダードサイズ、
約15センチ前後のものはミドルサイズ、
約10センチ前後のものはミニサイズ、
と、それぞれ呼ばれている。
メーカーによっては、
もっと細かく分類したり、
特大サイズとかキングサイズとかジュニアサイズとか、
そんな別の呼称もあったりするが、
だいたい、この、
ジャイアント、スタンダード、ミドル、ミニ、という4種のサイズに分類するのが一般的である。
当然の事ながら、
それぞれのサイズにそれぞれの魅力がある。
ジャイアントサイズの人形は、
大きい事による迫力とともにプロポーションが美しい特長を持っているので、
飾って楽しむのに適していて、カッコいい高級感があったし、
スタンダードサイズの人形は、
手に持った時に絶妙なフィット感を覚える大きさと、
空想する力を育む適度なデフォルメを施された造形が、
人形同士を戦わせて遊ぶ際の子供心を、熱く激しく駆り立ててくれた。
また、
子供の頃はなんとも中途半端な大きさに思えて物足りなさを感じていたミドルサイズの人形も、
その渋い個性による独特の存在感が、
今ではジャイアントサイズやスタンダードサイズよりも大きな力で僕を惹きつける。
しかも、
昭和50年代に入り、
倒産したブルマァクに替わって
ゴジラ怪獣やウルトラ怪獣のソフビを発売したバンダイ(ポピー)がこの大きさを選択したため、
皮肉にも、昔のミドルサイズが現在のスタンダードサイズとして定着している。
それは、
“ミドル” というその微妙な大きさに、
後にスタンダードの座に君臨するだけの、奥深さや内に秘めたパワーがあった証でもあろう。
そして、ミニサイズ。
やはり、小さくてチープなので表情や姿が可愛らしい、というのが
いちばんの特長だが、
その小さくてチープ、つまり安価な人形であるがゆえに、
いろんなバージョン違いが存在する、
という点が、コレクターとしては最も興味を惹かれるところなのである。
もちろん、
他のサイズの人形にもバージョン違いは存在するが、
種類の多さや細かさが、
ミニサイズのそれは群を抜いていてるのだ。
先述した “他のサイズを圧倒するエネルギッシュな生気” とは、それを指す。
中には、
重箱の隅をつつくような違いもあるので、
それを見つける事もまた、コレクションの醍醐味と言える。
つまり、
各サイズの人形にそれぞれ素敵な魅力があれど、
他のどのサイズのソフビ人形よりも
ソフビコレクターの気持ちをやさしく温め、かつ、熱く楽しませてくれるのが、
ミニサイズのソフビ人形、ミニソフビなのである。
そんなミニソフビの真骨頂が最も発揮されていて楽しいのが、
『仮面ライダー』放映時である昭和46〜47年に
バンダイ(ポピー)が発売していた、ショッカー怪人のミニサイズ人形である。
以前、
第6回「仮面ライダーソフビ讃歌」 や
第36回「ショッカー怪人に魅せられて その2」などの中でも紹介したが、
これほど集め甲斐のあるソフビはない。
50人以上の怪人が商品化されているだけでも
コレクション性に優れていて嬉しいのに、
1人の怪人に、バージョン違いの人形が複数種存在するので、
探し集めていくとその嬉しさが2倍、3倍・・・と膨れ上がっていき、実に楽しい。
死神カメレオン 赤と緑という反対色の成形色違いが、目に鮮やか。 また、 そんな派手な違いとは対照的に、 微妙に大きさが異なる、という地味な別バージョンもあって面白い。 |
蝙蝠男 黒い成形色のものは、 夜の闇の中でライダーと戦っていた時のイメージか? また、 茶色の3体の、微妙な塗装色の違いも味わい深い。 |
コブラ男 成形色が異なるもの、塗装色が異なるもの、大きさが異なるもの、 更には、 ベルトにモールドが有るか無いか、といった玄妙なる(笑)違いがあるもの、 これぞ、ショッカー怪人ミニソフビの妙味のサンプル。 |
また、 向かって最右端の人形は、 版権もメーカーの刻印も無い海賊版である。 他の人形たちの大きさの違いは微妙なものだが、 この1体だけ極端に小さいし、よく見るとモールドのタッチが粗い。 ただ、この人形だけが海賊版とは限らない。 この時代、 何者かによって横流しされた型から、 版権やメーカーの刻印ごとコピーされて、 市場に出回った人形も数多い。 もしかしたら、 色や大きさが異なるバージョン違いの人形は、 海賊版なのかもしれないのだ。 |
それに、 バンダイ(ポピー)は、版権を取った正規メーカーでありながらも、 極めて海賊版的な方法で商品を量産しており、 正規品と海賊版の判別を、更に困難なものにしている。 それは、 ひとつの下半身の型を いろんな怪人人形の下半身に使いまわしている点である。 なので、 1人の怪人で下半身が異なる人形が、数多く存在する。 たとえば、 先述したコブラ男のベルトのモールドの有無もそうだし、 下のドクガンダー成虫の人形においては、 僕の知りうる限りでも、 4種類の下半身を確認済みである。 |
モールドが何も無い下半身。 これは、 あらゆる怪人人形に流用が可能である。 |
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無数の引っ掻き傷のような線が彫られた下半身。 ハエ男人形やトドギラー人形など、 いろんな怪人人形の下半身として使いまわしされている。 そのため、 足の裏に “ハエ男” と刻まれたトドギラー、なんて人形も存在する。 |
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獣の体毛のような表現のモールドが施された下半身。 蜘蛛男人形、ピラザウルス人形、ムササビードル人形など、 この下半身の型を使った人形も数多い。 |
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葉っぱのような模様がモールドされた下半身。 ドクダリアン人形の下半身が流用されたものである。 なので、 ドクガンダー成虫の人形なのに 足の裏には、“ドクダリアン” と刻まれている。 |
このように、 版権やメーカーの刻印があるものでも、 海賊版の疑いをかけられても仕方がないような人形が多数存在するのだ。 正規品っぽいけど海賊版、というものもあれば、 海賊版っぽいけど正規品、というものも存在するのだから、 発売当時から40年近い月日が過ぎ去った現在では、 正規品と海賊版のはっきりとした判別など、誰にも出来ないのである。 駄菓子屋などでも売られていた廉価版人形であった事、 そして、 生産が追いつかないくらいの大ヒット商品であった事、 それが、 こんな錯綜した状態を呼んだのだと考えられる。 よって、ショッカー怪人のミニソフビは、 時代と人気を物語る、究極の仮面ライダーグッズである、と言えよう。 “この期間に、この型、この色で発売された” なんていう詳しい資料が残っていないし、 いまだに初めてその存在を知るバージョンと出逢ったりもする。 実にミステリアスだ。 コレクションをコンプリートするのは、まず不可能であろう。 幸い、僕の収集コンセプトは、 “メーカーにこだわる” よりも、 “その時代をコレクションする” という事にプライオリティを高く置いているので、 正規品だろうと海賊版だろうと、 少年時代の記憶や夢が甦るソフビ人形であれば、 僕の中で大切な愛しいコレクションとして成立する。 特にミニソフビは、今述べたように、 “バージョン違い” というのが重要な要素だし、最も楽しいところなのだから、 そこを愛せないようなら、 最初からコレクターになど僕はなっていない。 コンプリートがまず不可能、という事は、ロマンが永遠に続くという事。 海賊版かどうか、なんて事は、 むしろ、謎めく魅力として楽しめるのだ。 |
次に、
ブルマァクのウルトラ怪獣のミニソフビについても触れておこう。
ミニソフビの魅力、と言いながら
ショッカー怪人だけを語っていては偏頗な気がするし、
小さな怪獣、というものにはペット的な要素もあり、
“可愛らしさ” や “愛くるしさ” といった点では、これの右に出るソフビは無いであろうから。
講談社『たのしい幼稚園』の愛読者サービスとして有償頒布されたり、 単品売りのほかにセット売りもされていたこれらにも、 ショッカー怪人ほどではないものの、 廉価版人形であるがゆえのバージョン違いが、やはり、いくつか存在する。 いちばん有名なところでは、 発売時期によってまるっきり型が異なる、シーボーズとヒドラ。 両者とも、向かって左側が初期発売で、右側が後期発売、と言われている。 |
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シーボーズ 残存数の少なさから、 左側の人形の方がプレミアム度は高いが、 実物の雰囲気をいい感じで出しているのは、 右側の人形である。 あの哀しげな鳴き声が聞こえてきそうで、 宇宙へ帰してあげたくなってしまう。 でも、 お前はずっと 僕とここで暮らすのだよ(笑)。 |
ヒドラ こちらも、実物に近いのは、 後期発売と言われている右側の人形である。 こんなに濃い成形色なのに、 幻のようにフワッと消えそうな雰囲気があり、 劇中のヒドラそのもの、 という気さえしてくるから凄い。 左側の人形は、 ヒドラというより、 手乗り文鳥、といった感じである(笑)。 |
また、シーボーズ人形には、 例によって 微妙に大きさが異なるものも存在する。 メーカーの刻印は入っているけど、 やはり、 正規品とは断定出来ないだろう。 |
こちらは、海賊版のヒドラ。 ブルマァクの型から作られているが、 足の裏にメーカーの刻印は無い。 |
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そして、 いちばん面白いのいは、ジラース。 なんと、指の本数が異なる。 |
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なぜ、こんなどーでもいい(笑)違いがあるのか、僕にはわからない。 でも、 この違いに気づいた時の驚きと喜び、 そして両タイプの人形を手に入れた時の幸福感は、とても充実したものだった。 コレクターじゃない人にはおそらく理解出来ないだろう(笑)。 |
ショッカー怪人にしろ、ウルトラ怪獣にしろ、
ミニソフビは、
そのバリエーションの豊かさによって、
他のどのサイズのソフビ人形よりも神秘的で、
他のどのサイズのソフビ人形よりもパワフルに、そして愉快に、
怪獣のオモチャが大人気だった子供の頃の記憶を甦らせてくれる。
実に楽しいコレクターズアイテムなのである。
更に、
もうひとつ魅力的な要素が、ミニソフビにはある。
それは、
仮面ライダーシリーズやウルトラシリーズのようなメジャーなテレビ番組だけでなく、
あまり話題にもならず人気がそんなになかったマイナーなテレビ番組からも
その登場キャラクターが玩具化されている、という点である。
「この怪人、何だっけ?」
「あぁ、なんかこんなヒーロー、おったなぁ」
なんていうマニアックなキャラクターのソフビ人形は、
ジャイアントサイズやスタンダードサイズではまずお目にかかれないが、
ミニサイズになると
そういったものがいくつか存在するので、
少年時代を懐かしむ心が、甘く切なく、くすぐられる。
では、
そんな、ミニサイズでしかソフビ人形として商品化が実現しなかった、
マイナーな特撮作品のキャラクターソフビも、いくつか紹介しよう。
まずは、これ、 ストラダ5の隊員。 メーカーはサクラ。 昭和49年に日活と萬年社が制作した、 アクションヒーロードラマ『電撃!!ストラダ5』の主人公。 ストラダ5とは、国際警察の秘密チーム5人組の名称。 マイナーな番組でありながら、 『仮面ライダーアマゾン』の岡崎徹さん、 チィチィこと地井武男さん、 『飛び出せ!青春』の片桐君でおなじみ、剛達人さん、 『ワイルドセブン』で主人公・飛馬を好演した小野進也さん、 にっかつロマンポルノでの活躍で知られる山科ゆりさん、 そして、 この5人を率いる司令官には宍戸錠さん、と レギュラー出演者は実に豪華で魅力的な顔ぶれだった。 5人が主人公なのに1人しか商品化されていないのは不満だが、 番組の知名度から考えると、 たった1人でもソフビ人形になっているのは奇跡に近いもの(笑)。 おそらく、 不人気ゆえに当時はあまり売れなかったからであろうか、 いまだに袋入りのデッドストック品をよく見かけるが、 その哀愁が、僕の胸をたまらなく惹きつける。 また、 この人形は男性なので、 岡崎さんか、地井さんか、剛さんか、小野さんのうちの 誰かという事になるが、 誰にもまったく似ていないところが どうにも微笑ましくて(笑)、 これまた僕の胸を、たまらなく惹きつけるのである。 |
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次は、 本来は悪者が振り回すイメージがある “斧” を 正義のヒーローが武器として戦う、異色の作品『バトルホーク』。 |
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向かって左から、 クイーンホーク、バトルホーク、ビッグホーク。 製造メーカーはタケミで、発売メーカーはマルシン。 |
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『バトルホーク』は、 彰伍、大二郎、ユリカの3兄妹が、 それぞれバトルホーク、ビッグホーク、クイーンホークに変身して、 テロリスト集団 “凶鬼の掟” と戦う特撮アクション番組で、 昭和51年の秋から翌年の春にかけて放送されていた。 『デビルマン』や『マジンガーZ』などのテレビアニメで有名な 永井豪とダイナミック・プロが世に送り出した作品であるため、 登場キャラクターが皆なんとなくアニメ的なデザインで、 それが実写ドラマの中に無理矢理登場しているような違和感を覚えたが、 ストーリーはなかなかハードで見応えのあるものだった。 |
こちらは、 同じくタケミが製造したものだが、 発売メーカーはブルマァク。 マルシン版とは型が異なる。 下の写真のように並べてみると、 その違い・特徴がよくわかる。 |
また、このブルマァク版は、 下記の敵キャラ人形とセット売りされていた。 |
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“凶鬼の掟” が 最初に送り込んだテロル闘人、 どくろ鎌。 |
“凶鬼の掟” の 下級兵士、紅鬼兵(サタンソルジャー)。 |
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こんなマイナーな作品なのに 敵キャラである怪人や戦闘員までソフビ人形になっている事は、実に嬉しい事。 先述した、アニメと実写の狭間で揺れるキャラクターの違和感も、 “ミニソフビ” という小さくて可愛いオモチャになった事で払拭され、 2体とも、 なんとも魅力的な輝きを帯びているように見える。 |
そして最後は、 ポピーから発売されていた『宇宙からのメッセージ・銀河大戦』のソフビ。 |
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向かって左から、 まぼろし、流れ星、猿人バルー、トント。 この4体がブリスターパックに入って、セット売りされていた。 |
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『宇宙からのメッセージ・銀河大戦』は、 映画『宇宙からのメッセージ』の続編として、東映が昭和53年に制作したテレビ番組で、 壮大なスケールのSFアクションドラマであったが、 視聴率が低く、決して人気番組と言えるものではなかった。 更には、 ソフビ人形という玩具自体の人気が完全に下火の頃だったので、 ポピーの商品展開も登場メカを中心に力が入れられており、 関連ソフビはこの4体のみであったと思われる。 主人公・まぼろしを演じていたのが 若き日の真田広之さんであったり、 ソフィアとかコーガ団長とか女忍者クノーイとか、 個性溢れるキャラクターがいっぱいいたりしたので、 ソフビファンとしては、 そういった魅力的な登場人物を いろんなサイズや種類のソフビ人形で発売してほしかった気がするが、 番組を見ていて印象に残るのは、 やはり、 宇宙船リアベ号や宇宙帆船プレアスター、 あるいは、グランガバナス大戦艦、といった登場メカのカッコよさなので、 それは仕方がないのかもしれない。 でも、だからこそ、 僕はこの4体のソフビ人形を愛しく思うのである。 |
この小さな命を守らなければならない。
大袈裟だけど、そんな使命感のようなものさえ覚えながら、
僕はミニソフビを愛し、集めている。
・・・この世で最も楽しい義務である(笑)。
ついつい、また長々と綴ってしまったが、
実は、僕が熱く語るまでなく、ミニソフビは結構人気がある。
ブリキ玩具のコレクターなのに、ミニソフビだけは好きで集めている、
なんて人もいるし、
別にマニアでもコレクターでもないけど、ミニソフビだけは少し持ってる、
なんて人もいるくらいだ。
みんな、僕と同じで、心は “せいたかさん” なのだ。
学校の先生になんか、知ってもらわなくていい。
“だれも知らない小さな国” を知っているのは、“せいたかさん” だけなのだから。