真水稔生の『ソフビ大好き!』



第270回 「なんでやねん!」 2026.7

中学3年生の時(昭和54年)にヒットしていたゴダイゴさんの『銀河鉄道999』が、僕は大好きでした。
当時、劇場公開されたアニメ映画『銀河鉄道999』の主題歌でしたので、
僕がアニメ作品には一切興味が無い事をよく御存知の、
この『ソフビ大好き!』をいつも読んで下さっている方からは、

 なんでやねん!

って言われそうですが(笑)、
映画に関係なく、只々、純粋に、その楽曲自体を、愛していたのです。

とくにシビレていたのは、ポップで美しいメロディ。
転調を巧みに用いて、明るさや力強さの中にもちょっぴり切なさを感じさせるよう構成されており、
幼い頃夢中になった『超人バロム・1』の名曲主題歌『ぼくらのバロム・1』を彷彿とさせるものがありましたので、
僕の琴線に触れるべくして触れるものであった、と言えます。

また、歌詞にも、
感受性を大いに揺さぶられました。
とくに、

 ♪そうさ 君は気づいてしまった やすらぎよりも素晴らしいものに

で始まる2番は、
壮大なスケールを感じさせる楽曲の中にあって、その情緒的な内容が効果的に心に刺さり、

 安泰に満足して安易に自分の生き様を小さく終わらせず、
 常に新たな出会いや発見を求めて次のステージへと向かってこそ、
 生きる事に価値を見出せる・・・、

という人生訓のようなものを、思春期の僕に授けてくれたのです。
胸が奮えたし、酔いしれたし、強く影響されました。

レコードを買ってきて毎日のように聴いていたのはもちろん、
ラジオ番組にリクエストハガキを何度も送りましたし、
もう、大好き過ぎて、
ミッキー吉野さんによるハモンドオルガンの間奏部分
(あの、
  ♪チャッチャー チャチャチャチャー チャーチャチャー
  ♪チャッチャー チャチャチャ チャーチャチャチャチャチャチャチャ
 ってトコね)
を、音楽の心得があるクラスメイトに教わり、
そこだけを音楽室や体育館の舞台上にあったピアノで事あるごとに弾いてみせては、

 「もう、わかったてェ! くどい!」

と、みんなから疎んじられてもいたほどです(苦笑)。

ホント、それくらい大好きだったンですよねぇ・・・。


・・・あぁ、
そういえば、そんな或る日の事、
朝、目覚まし時計を止めて二度寝していたため、業を煮やして部屋まで入ってきた母親が、

 「いつまで寝とるのォ!? 遅刻するよ!」

と僕を叩き起こした後、
ふと、
壁に貼ってあった『銀河鉄道999』の映画のポスター
(・・・あ、レコードを買った時にお店の人がサービスでくれたもので、
 捨てるのももったいないし、
 丸めて棒状になったそれをそのまま置いておくのも邪魔だったし、
 999号が駆ける夜空をバックにメーテルの顔が大きく描かれたデザインに
 ちょっぴり惹かれもしたので、
 ベッドの脇の壁に貼っていたンです)
を指さして、

 「今度の日曜日、これ、観に行こか?」

って、言ったンですよねぇ・・・。

僕は、一瞬、意味が解からず、

 「・・・は?」

とつぶやいた後、

 なんでやねん!

と心の中で叫びました。

だって、
母親は、映画とかテレビ番組とかにはまったく興味が無い人でしたので、
僕を映画に誘ってくるなんて、考えられない事でしたし、
しかも、
それはテレビアニメ(つまり、子供番組)が映画化されたもの、
おまけに、
当時の僕は冒頭で述べたとおり中学3年生でしたから、

 母親と一緒にアニメ映画、って、
 そんな、東映まんがまつりに連れてってもらっていた幼い頃じゃあるまいし・・・、

と困惑してしまったのです。

部屋にポスターを貼っていたから勘違いされたのかもしれないけど、
単に主題歌が好きなだけで、
とくにその映画が観たかったわけじゃないし
(アニメ作品ですからね、なんといっても。一切の興味がありませんでした)、
何より、
中学3年生にもなって母親と2人で出歩く・・・なんて、恥ずかし過ぎるので、
すぐに断ったのですが、

 「いいがねぇ、たまには・・・」

とか、

 「はよ行かんと、終わってまうでしょう?」

とか言って、執拗に食い下がってくるンですよね。
なので、

 「そんなに観たいの?」

って聞いたら

 「観たい」

って言うし、

 「どうしても?」

って聞いたら

 「どうしても」

って言うものですから、
もう、仕方なく、離れて歩く事を条件に、渋々、承諾した次第です。


かくして、数日後、
僕は、中学3年生にもなって、
なんと、

 母親と一緒に映画(それも、繰り返しますが、テレビアニメ(つまり、子供番組)が映画化されたもの)を観に行く・・・、

という、
誰にも知られたくない(特にクラスメイトをはじめとする友人たちに見られたら即死(笑)な)、
変な汗が出る外出をする事になったのでした。

けど、観に行って良かったです。
提示した条件どおり、終始、離れて歩きましたし、
映画館に入ってからも、
僕の隣の席に座ろうとするのを「あっち行ってよ」と追い払い、
母親とは離れた席で観たのですが、
まぁ、あれだけの名作ですから、
いくらアニメには興味が無いと言っても、
途中からは、
母親に付き合わされて来てる事を忘れてスクリーンに見入ってしまうくらい、物語の中にのめり込みましたのでね(苦笑)。
感動しました。

その点においては、ホント、良かったのですが、
問題は、母親です。

母親は、
観終わった後、ラストシーンの余韻に浸っている僕とは全く異なり、
淡々と、

 じゃあ、帰ろか・・・、

って感じで、
「面白かったね」とか「良かったね」とか、何か感想を述べるわけでもなく、
あんなに「観たい」と言っていた映画なのに、それほど楽しめた様子でもなかったンですよねぇ・・・。

そもそも、前述したように映画とかテレビ番組とかにはまったく興味が無い人でしたので、
予想出来た結果ではあったのですが、

 あなたがどうしても観たいというから付き合ってあげたのに、それは無いだろう・・・、

と少しイラッとした僕です。

だいたい、
なんで、急に『銀河鉄道999』の映画を観たい、なんて言い出したのか、
本当に謎でしたので、

 何だったンだ、一体・・・、

と首を傾げながら帰路に就いたものです。


それから月日は流れて、
僕が20代後半でしたから、映画を観てから10年ちょっと経った頃でしたでしょうか、
或る時ふと、その事を思い出して、
母親に、

 「なんで、あの時、
  突然、『銀河鉄道999』の映画を一緒に観に行こう、なんて言い出したの?
  あれは何だったの?」

って尋ねた事があったンですけど、

 「あぁ、あン時ねぇ・・・。
  なんか、あんたが淋しそうにしとったもんで・・・」

と言われたンですよね。

そう言われて当時を思い返してみると、
この『ソフビ大好き!』の中でも、以前、何度か述べた事があるように、
僕が通っていた中学校は、
僕らが初めての入学生、という新設校だったのですが、

 野球のルールを知っている先生が1人もいないから・・・、

という、
学校側の一方的な都合・・・っていうか、世にもフザけた理由で野球部が無く、
やりたいスポーツをやらせてもらえない不満が、まずあったのと、
加えて、その先生たちが、
ネチネチとイヤミばかり言ってきたり、すぐに殴ったり蹴ったりしてくるイヤな人たちばかりで、
辟易してたンですよね。

 先生たちが野球のルールを知らないから、って、
 なんで僕たちが野球をしたいのを我慢しなくちゃならないンだ?
 野球なんていう当たり前のスポーツ、よその中学校の生徒なら誰でも自由にやっとるだろ!
 だいたい、学校の先生になるなら、野球くらい、知っとけよ。
 そんなふうに自分たちの怠慢で生徒に迷惑かけとるくせに、
 悪びれる事も恥じる事も一切無く、偉そうに威張りくさって暴力まで奮って・・・、
 いったい、どういう常識や神経をしとるンだ!?
 それでも教育者か!? それでも大人か!? それでも人間か!? バカヤロー!

なんていう、先生たちに対する侮蔑と嫌悪の気持ちを募らせ、
僕は “学校” という場所に絶望してしまい、ずっとフテくされてたンですよね。
どうにも理不尽で不自由で退屈で、
家の中で、小学生の頃のような笑顔は、あまり見せていなかったかもしれません。
なので、
その元気の無い感じが、母親には、

 淋しそう・・・、

と映ったのでしょう。

けど、だからといって、

 中学3年生の息子を
 映画(それも、また繰り返しますが、テレビアニメ(つまり、子供番組)が映画化されたもの)に誘って元気づけよう・・・、

なんて発想になるところが可笑しくて、
またしても、

 なんでやねん!

って思い、笑ってしまいました。

 「だったら、
  お小遣いの額を上げてくれれば良かったじゃん。
  そうすれば、すぐに元気が出たのに・・・」

なんて冗談を言いながら、

 親からしたら、何歳になっても自分の子供は “子供” 、って事なのかなぁ・・・、

って、漠然と思った事を憶えています。


ただ、自分も親になって、
子供たちが成長していく過程でそれを実感しましたので、
今は、あの時の母親の気持ちがよく解かるンですよねぇ・・・。

なので、

 あぁ、あの時、
 嫌がったりせず、素直に喜んであげれば良かったなぁ・・・。
 恥ずかしがって離れて歩いたりせず、
 仲良く並んで歩いて、フツーに隣同士の席に座って、映画を観てあげれば良かった・・・。
 それが無理なら、
 せめて、その日の夜に「今日は、ありがとうね」の一言くらい、母親に言えば良かった・・・、

と後悔してます。

母親だって、父親と同じように毎日朝から晩まで働いていたのですから、
日曜日くらいゆっくり家で休みたかったろうに、
僕のために、僕以上に興味が無かったであろう映画に連れてってくれたンですからね。

だいたい、
映画とかテレビ番組とかにはまったく興味が無い母親が、
『銀河鉄道999』の映画
(それも、またまた繰り返しますが、テレビアニメ(つまり、子供番組)が映画化されたもの)を

 どうしても観たい・・・、

などと思うわけがないのですから、
ちょっと考えれば、

 何か、僕の事を心配してくれて、の事だろう・・・、

という想像くらい、ついたはずなので、

 なんでやねん!

で放っておかず、
母親の気持ちをちゃんと考えて、それに対する感謝を、態度や言葉できちんと伝えておくべきでした。

・・・まぁ、
死んでから四半世紀以上も時が過ぎてからそんな事思ったって、どうしようもないンですけど・・・(苦笑)。


・・・あれ?
なんか、いきなり話が逸れちゃったなぁ・・・、スミマセン。
こんな話がしたかったのではありません。
僕が今回したいのは、『銀河鉄道999』の、映画にまつわる話でなく、主題歌にまつわる話です。

閑話休題。

そんなふうに、ゴダイゴさんの『銀河鉄道999』が大好きだった中学3年生の時の僕ですが、
実は、ひとつだけ、ゴダイゴさんに・・・というかヴォーカルのタケカワユキヒデさんに不満がありました。
それは、
ゴダイゴさんが『ザ・ベストテン』とか『夜のヒットスタジオ』とかの歌番組に出演され、
『銀河鉄道999』を披露して下さる際の事です。
いつも、タケカワユキヒデさんは、なぜか決まって、2番を英語の歌詞で歌われるンですよねぇ・・・。
あれが、どうにも気に入らなかったのです。
先述のとおり、僕は2番の歌詞が特に好きでしたので、

 なんでやねん!
 なんで、2番だけ英語で歌うねん!
 なんで、僕が好きな2番の歌詞を、わざわざ英語に変えて歌うねん!
 そんな事されたら、
 何言っとるか、わっからへんがや! 全部、台無しだがや!

って、ずっと心の中で文句を垂れてました。

 今日こそは、2番をちゃんと日本語で歌ってくれるよな?
 たのむ! お願いだから、ちゃんとレコードどおり歌ってくれェ!

と祈る気持ちで、いつもテレビの前に座るのですが、
タケカワユキヒデさんは、毎回、当たり前のように、2番は必ず英語で歌うンですよねぇ。
それも、気持ちよさそうな笑顔で・・・。

まったく期待に応えてもらえない苛立ちもあって、僕には、
その気持ち良さそうな笑顔で2番を英語で歌うタケカワユキヒデさんが、
なんだか、僕を小馬鹿にしておちょけているようにも見えて(苦笑)、実に不愉快でした。

また、
先述のとおり母親のおかげで映画も観てましたので、

 ♪あの人の目がうなずいていたよ 別れも愛のひとつだと

って箇所が、
脳内に焼き付いていた感動的なラストシーンに直結しており、

 あの2番の歌詞こそが、『銀河鉄道999』という名曲の “肝” であり、
 1番の歌詞は、その前説的なものに過ぎない・・・、

とまで思っていましたので、
そんな肝心な2番を、
英語の歌詞に勝手に変えて
おちょけて歌う(個人の感想です(笑))タケカワユキヒデさんが、許せなかったのです。

・・・まぁ、
そもそも、あの歌は、
奈良橋陽子さんが書いた英語の歌詞に、タケカワユキヒデさんがメロディーを付け、
その後で、山川啓介さんが日本語の歌詞に訳した(書き換えた)ものなので、
タケカワユキヒデさん御自身が、
最初の英語の歌詞の方が歌い易かったのかもしれませんが、
“商品” として世に出したもの、つまりレコードは、日本語の歌詞なのだし、
映画の感動的なラストシーンで流れるのも日本語の歌詞なのですから、
そこは、ちゃんと、レコードのとおり、映画のラストシーンどおりに、歌ってほしかったものです。
日本語の歌詞で歌うからこそ、
山川啓介さんがあえてそのまま残した、サビの部分の
奈良橋陽子さんが書いた元々の英語の歌詞も映えるわけですからね。
僕はそう思います。

先ほど、
ラジオ番組にリクエストハガキを何度も送っていたと述べましたが、
ラジオ番組はレコードを流すゆえ、絶対に、日本語の歌詞の2番が聴ける・・・、
というのが理由だったンですよね。
だから、
 
 『銀河鉄道999』のリクエストハガキを送るならテレビ番組でなくラジオ番組、

だったわけです。

けど、実は、
たった一度だけ、テレビ番組にもリクエストハガキを送った事がありまして、
それは『ザ・ベストテン』だったンですけど、
ハガキに書いたのは、リクエストと同時に、
2番を勝手に英語の歌詞で歌うタケカワユキヒデさんへのクレームでもありました。

僕が2番の歌詞を好きな事、
2番の歌詞こそが、あの映画の主題歌の主題歌たる所以である事・・・、要は先ほど述べたような事をひととおり熱く書き殴り、
最後は、

 タケカワユキヒデさんが、英語が御堪能である事はよく分かりましたから、
 お願いですから、2番も、ちゃんとレコードどおり、日本語の歌詞で歌って下さい。

なんて、イヤミも交えた僕の切なる願いで締めました。

このハガキが番組内で読まれれば、
タケカワユキヒデさんも、2番の歌詞をちゃんと日本語で歌ってくれるはずだと思いましたので、
ハガキがスタッフの方の目に留まるよう、工夫もしました。
リクエストハガキは、
ただ曲名を書くだけでなく、
目立つようにイラストなんかを添えると番組内で読まれる可能性が高い・・・という事を
ラジオ番組へのリクエストで僕は学んでいたので、色鉛筆でメーテルのイラストを描き添えました。
熱い思いで一生懸命描いたからか、我ながら、わりと綺麗に仕上がりましたので、
パッと見でかなり目立つし、内容も面白い(自己評価(笑))し、

 これは、きっと、番組内で読まれるゾ!

と、希望も込みで自信を持ちました。
司会の黒柳徹子さんか久米宏さんどちらかが、
僕が書いた内容をゴダイゴのメンバーの方たちの前で読み上げ、

 タケカワユキヒデさんが、英語が御堪能である事はよく分かりましたから・・・、

っていう箇所で、
タケカワユキヒデさんだけでなく、
リーダーのミッキー吉野さんをはじめとするメンバーの方たち全員が爆笑するところまで想像して、
独り、ニヤついてもいました。

そして、
そうやって、期待に胸を弾ませながら迎えた『ザ・ベストテン』放送日、
なんと、
僕のリクエストハガキが読まれるかどうか以前に、
その週、ゴダイゴさんの『銀河鉄道999』は、ベスト10圏外へと落ちてしまっていたのでした。

 なんでやねん!

と僕が心の中で叫んだ事は、言うまでもありません(苦笑)。



・・・と、まぁ、そんなわけですので、
今回は、僕のコレクションの中から、ウルトラの母のソフビを紹介させていただきます。

・・・え?

 なんでやねん!

って?(笑)

いやいや、
主人公・星野鉄郎が、
亡くなった母親と瓜二つの女性・メーテルと、
999号に乗って旅をしながら数々の苦難を乗り越え、やがて別れの時を迎えて、
自らの手で明日を切り拓いて生きていく第一歩を踏み出す姿を描いたあの映画において、
“母” というのは重要なキーワードですし(そもそも、“メーテル” とはギリシャ語で “母”の意)、
最初に、いきなり話が脱線したと見せかけて、
ちゃんと母親の愛にまつわる僕の個人的なエピソードも振っておきましたし(笑)、
なんといっても、
メーテルの声を担当された池田昌子さんは、特撮ファンの間では、“ウルトラの母の声優” としても知られてますからね。
今回取り上げるなら、もう、“ウルトラの母” しかないでしょう。

ただ、
ウルトラの母が初めて登場した『ウルトラマンタロウ』放映時に発売されていたブルマァク製のソフビは、
以前、第44回「お母さん」の中で詳しく紹介済みですので、
今回は、そのほかのウルトラの母ソフビ、
つまり、
映画『銀河鉄道999』が公開されていた頃に流通していたポピー製のものから、平成のバンダイ製のものまでを、
年代順に紹介したいと思います。


まずは、ポピー製。全長約17センチと13センチ。昭和54年発売。







同時期発売の
キングザウルスシリーズ(通称:足型シリーズ)の怪獣人形たち同様に、
足の裏には、足型がモールドされています。
向って右側の小さいサイズの人形の方は、
単品売りだけでなく、
夫(ウルトラの父)や息子(ウルトラマンタロウ)たちと一緒に
セット売り(商品名は、ウルトラマンファミリー11)もされていました。 





ポピーは、昭和58年、親会社であるバンダイに吸収合併されましたので、
ここから紹介するのは、すべてバンダイ製です。 



一番最初のバンダイ製ウルトラの母ソフビは、
昭和59年発売の、ミニサイズのセット売り(結集ウルトラ戦士セット11)の中の1体でした。 
全長約13センチ。 
  ポピーの型をそのまま流用し、
右の足の裏に、足形の上から “BANDAI” の刻印が入れられています。
無理矢理というか、粗雑というか・・・(笑)。








スタンダードサイズ(いわゆる “ウルトラヒーローシリーズ” )の初版は、
パッケージには “KING OF HERO” と記載され、昭和61年に発売。
全長約17センチ。
上のミニサイズの人形と同じく、
ポピーの型がそのまま流用されていますが、
足の裏は、
足型が上から覆い隠す感じで消され、
かかとが追加造形されています。 













昭和63年、ミニサイズのセット売り人形がリニューアル。 
“結集ウルトラヒーロー15” の中の1体。
全長約13センチ。
上半身の型は流用(つまり、ポピー時代のもの)ですが、
両腕と下半身が新造形されたため、
足の裏は、このようにノーマルなものになりました。

・・・ってか、
上半身も新造形しろよ(笑)。






同年、食玩ソフビも発売されました。
ウルトラ怪獣列伝、全長約11センチ。
 
ウルトラヒーローシリーズ(パッケージには “ウルトラヒーロー” と記載)は、
平成元年、
ついにポピーの型の流用をやめて、新造形でリニューアル。
全長約16センチ。 
ミニサイズのセット売り人形も、平成6年に完全な新造形でリニューアル。
“不滅のウルトラ戦士セット” の中の1体、全長約12センチ。 
ウルトラヒーローシリーズ、
平成12年にカラーリングが変更(左手のリングと目)。
全長約16センチ。 
平成19年、『ウルトラマンメビウス』に登場したウルトラの母のスーツを再現して、
ウルトラヒーローシリーズがリニューアル。
全長約16センチ。
同年、メビウス登場版は、ミニサイズのセット売り人形でも発売。
“ウルトラヒーローコレクションBOX” の中の1体、全長約13センチ。 
ウルトラヒーローシリーズ、
平成21年に、目の色が変更されました。
全長約16センチ。  

・・・と、
ブルマァク以外のウルトラの母ソフビ、発売された順に紹介させていただきましたが、
こうして改めて見てみると、
デフォルメ表現はやめて、テレビに出てきた実物どおりの姿形をした人形をディテールにこだわって作りながらも、
結局、ブルマァクは超えられていないンじゃないか・・・、と思うンですよねぇ。
リアル表現になって圧倒的にカッコよくなったキャラクターのソフビもいっぱいありますが、
少なくとも、ウルトラの母ソフビにおいては、
やはり、第44回「お母さん」の中で詳しく紹介した、
造形において母親の愛や温もりが表現されている、これらブルマァクのウルトラの母ソフビの方が、僕には魅力的に映ります。 
                     
時代が新しいソフビの方が、
製造における技術やノウハウだって進歩しているだろうし、
当然、それまでのものより優れた商品を・・・、という思いで作られているはずなのに、
まさに、

 なんでやねん!

ですけど、
まぁ、それだけ、いかにブルマァクが偉大だったか・・・、という事ですかね?
それとも、
マルサン・ブルマァク世代であるがゆえの、ただの贔屓目や執着でしょうか・・・?


・・・あ、
ならば、タケカワユキヒデさんも、
どんなに日本語の歌詞がカッコよく小綺麗にまとまっていても、
自分がメロディーを付けたのは英語の歌詞の方である、という贔屓目や執着もあって、
元々の英語の歌詞の方が偉大だ、という思いから、

 せめて2番だけでも・・・、

と、頑なに2番だけは英語で歌ってたのかな?(笑)




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