真水稔生の『ソフビ大好き!』


第27回 「名作ドラマの迷作人形」  2006.4

このエッセイの連載でお世話になっている、
キャラクター玩具専門店・ゲイトウエイの
オーナーである杉林さんが
店内でかけていた『ナイトクラブの奥村チヨ』というCDが気に入り、
僕も買ってきて毎日聴いている。

昭和45年に収録された奥村チヨさんのライヴアルバムなのだが、
男の妄想(笑)を歌った名曲『恋の奴隷』の、
最高の聴き所である、

  ♪あなた好みのォ あなた好みのォ

という部分を、
チヨさんが客席にマイクを向けて歌わせていて、
チヨさんの魅力的な歌声に酔いしれて聴いていると
突然酔っ払ったオッサンの絶叫が聞こえてきて、心地良い気分がぶち壊される。

最初に聴いた時は、

 「なんじゃ、これェ!」

と、思わず嘆いてしまったが、
何度か聴いているうちに、
滑稽でみっともなくて何処かうら哀しいそのオッサンの歌声(?)が
なんだか癖になってしまい、
もう普通の『恋の奴隷』では物足りなく感じてしまうほど、好きになってしまった。
 
ソフビ怪獣人形にも、
そんな、
拒絶から始まったのに今では愛して止まない、というものがある。
それは、ブルマァクのジェロニモン人形だ。

ブルマァクのソフビ怪獣人形の特徴は、
“派手な色彩の鮮やかさ” と “綺麗にまとめあげる造形美” であるが、
ジェロニモン人形は、そのどちらにも該当しない。
色は腐った柿のようだし、
造形は悪寒がするほどデタラメである。
もう、似てるとか似てないとかの次元ではない。デフォルメとしても成立しない。
まるで
『おはよう!こどもショー』のロバくんが発狂したようなその出で立ちは、
よく言われている “商品化の際の資料不足” という当時の事情を充分考慮しても
許し難いものであり、擁護の余地がない。
なんでこれがジェロニモンなのか、いまだに理解出来ない。
あのカッコいいジャミラ人形やケムラー人形をつくったメーカーの商品だとは、とても思えない。
円谷プロが版権をおろして正規のルートで販売された、
正真正銘のジェロニモン人形なのだが・・・。

子供の時、
オモチャ屋さんに吊るされてるのを何度か見たが、ただの一度も欲しいとは思わなかった。
コレクターになって、
一応、ブルマァクのウルトラ怪獣だからコレクションしなければならず、
仕方なく購入した次第だ。

ところが、
毎日見ているうちに、なんだか愛着のようなものが湧いてきて、
このジェロニモン人形なくして僕のコレクションは語れない、とまで思えるようになってきた。
・・・不思議なものである。

毎日のように磨いて(硬質のソフビなのでとても磨き応えがある)ピカピカにして飾っている現在では、
以前は腐った柿のようだと思っていた成形色も、
冬の夜に外出から戻った時に飲みたくなるミルクティーの色にしか見えず、
疲れを癒すやさしい甘さと温もりを感じてしまうし、
発狂したロバくんのような造形も、
滑稽さの中に漂う哀愁から、安心や親近感を覚えたりする。

『恋の奴隷』を聴きながら見つめると、
チヨさんにマイクを向けられてヘッタクソな歌を歌っている酔っ払ったオッサンのようにも見えてきて、
実に味わい深い。

もう、実物にそっくりのバンダイのウルトラ怪獣シリーズのジェロニモン人形では、
どうにも物足りないのだ。
ブルマァクの、この、ジェロニモンには見えないジェロニモン人形でないと、
僕の心は満たされないのである。

ジェロニモンが登場する『ウルトラマン』第37話『小さな英雄』は、

 ウルトラマンさえいれば我々科特隊は必要ないのではないか、

とイデ隊員が自分の職業について思い悩むところから物語が核心へと進んでいく。
怪獣とウルトラマンの格闘よりも、
人間ドラマの部分にその作品の本質を置いたこの回は、
42.8%といういうウルトラシリーズ史上最高の視聴率を誇り、『ウルトラマン』の代表的エピソードのひとつとなっている。

科特隊の存在意義に関するイデ隊員の葛藤は、
そのまま、テレビを見ていた僕ら子供たちの思っていた事でもあり、
そんな僕らに向けてメインライター(事実上プロデューサー)であった金城哲夫さんがこの作品に
込めたメッセージは、
“人間がウルトラマンに頼らず戦う事の大切さ”。

これは、
最終回で、M78星雲の “光の国” からウルトラマンを迎えに来たゾフィーの、

「地球の平和は人間の手でつかみ取る事に価値があるのだ」

というセリフにも通じる、
『ウルトラマン』の大前提のテーマでもあったと言える。

イデ隊員の心理描写を緻密に表現して『ウルトラマン』の趣旨を改めて明示し、
ウルトラマンよりも強い怪獣を科特隊が倒す、という最終回に繋げた見事なエピソードが、
この『小さな英雄』だ。

そんな名作に登場した怪獣の人形が、コレなのである(笑)。
作品内容と登場怪獣の人形の出来の落差というかアンバランスさが、
いかにも “昭和の怪獣玩具” という感じがして、
懐かしさに酔いしれながらいつまでも夢を見ていたい僕の心を、虜にしつづけている。


死んでしまった怪獣を超能力で60匹も復活させ、
人間に総攻撃をしかけようとしたが、
人間の味方であるピグモンを真っ先に甦らせたため、
実行前に作戦が科特隊にバレてしまった、
という、実は結構マヌケなジェロニモン。
仮に
ピグモンが人間の味方だという事を
知らなかったとしても、
人間よりも体が小さくて全く戦力にならない怪獣を
復活要因名簿に入れていたのだから、
やはりマヌケだ。
“怪獣酋長” などという
偉そうな肩書きも虚しいジェロニモンの、
そんな頭の悪さを象徴しているような
この馬鹿丸出しの表情が、
僕にとっては “癒しの造形” なのです。



また、
僕が『ウルトラマン』の全39話の中でいちばん好きなエピソードは、
その『小さな英雄』のひとつ前のお話の、
第36話『射つな!アラシ』で、
攻撃を受ける度に体質変化をとげて強くなっていくという怪獣・ザラガスが登場する回なのだが、
このザラガスの人形がまた、
ザラガスのどこを見て作ったのかと思うくらい、似ていない。
ジェロニモン人形と並ぶ、驚異の造形なのである。

『射つな!アラシ』は、
ハヤタ隊員や子供たちを救うため、命令を守らずザラガスを攻撃して
更に狂暴化させてしまったアラシ隊員が、科特隊の隊員としての資格を問われるという、
これまた秀逸な人間ドラマ。

謹慎処分となってしまったアラシ隊員が、
負傷して入院しているハヤタ隊員や子供たちの病室を見舞い、
科特隊の隊員として何もしてあげられない自分自身の無力さに苦悩の表情を浮かべるシーンは、
アラシ隊員を演じる石井伊吉(現・毒蝮三太夫)さんの安定感のある演技と
満田監督の巧みな演出が、冴えに冴える名場面。

特撮の神様・円谷英二監督が監修する良質な特撮作品であったのと同時に、
“人間” をしっかりと丁寧に描いた素敵なテレビドラマでもあった事が、
『ウルトラマン』が世代を超えて愛されつづけている理由である事を、
僕はこのエピソードを見るたび確信する。
名作である。

それなのにそれなのに、
登場怪獣の人形が、またしてもコレなのである(笑)。
ジェロニモンの時と同様に、仕方なく購入したのだが(しかも成形色の違いで3種も)、
これもまた、今ではお気に入りの品となっている。

人間関係において、
第一印象は悪くても付き合いが長くなってくると
その人の良さに気づいたりする事があるように、
人形も、ずーっと持ってると
最初はわからなかった魅力に気づいたりするものだ。

実物の怪獣に似せようなんて端から考えず、
かといって
幼い子が泣き出さないように可愛らしくデフォルメしたわけでもない、
このザラガス人形の、
そんな自由奔放さに今では惹かれている。

ドラマの高尚さを気にもとめずに勝手に突っ走ったデタラメ極まりない造形に、
未来は自分のものと信じて疑わず生きていた若い頃の眩しいきらめきのようなものを
感じてしまうのは僕だけだろうか。 ・・・僕だけだろう(笑)。


        何なのでしょう、この背中は。
         “子供騙し” という言葉がありますが、
        子供も騙せぬ凄い造形であります。
         ・・・いや、
        子供には理解出来ないくらい芸術性の高い、
        遥かな視点によるものなのでしょう。きっと(笑)。


歌を聴いて思い出がよみがえるように、
ジェロニモン人形やザラガス人形は、
見ただけで一瞬にして少年時代にタイムスリップさせてくれる。
そのパワーは、
他の綺麗な造形のブルマァク怪獣よりも圧倒的に強い。
現在のソフビ怪獣人形では絶対に味わえない、
このエネルギッシュなまでのいい加減さ(笑)こそ、ブルマァクというメーカーの本質である。
社風を感じて時代を味わう事が出来る、実に愛しい造形だ。
この良さは、
ブルマァクのソフビ怪獣人形たちが
大人気商品としてオモチャ屋さんの店頭に並んでいた時代を、
原風景として心に持っている僕らの世代にしか理解出来ないと思うので、
その時代を少年として過ごした生き証人として、
僕はこれからも、このデタラメな造形の人形を大切に大切に愛しつづけていきたい。


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