第26回 「クレクレタコラがくれたもの」 2006.3
『クレクレタコラ』が始まった時は嬉しかった。
『クレクレタコラ』は、
昭和48年の秋から、
夕方にフジテレビ系で月曜から金曜まで帯で放送されていた5分間のテレビ番組。
これ以前にも
『カバトット』や『かいけつタマゴン』といった5分間の帯番組はあったが、
残念な事にどちらもアニメ作品であり、
実写ドラマ派の僕としては今ひとつテンションが上がらず、物足りなかった。
だから、
実写ドラマである『クレクレタコラ』の放送開始を知った時は
本当に嬉しかった。
テレビの前で大声でバンザイして喜んで、何事かと台所から母親がとんできたのを憶えている。
さて、この『クレクレタコラ』、
番組の内容はというと、
“不思議な森” なるシュールな空間で
怪獣タコラとその仲間たちが巻き起こす珍騒動を描く、
というもの。
だが、
珍騒動と言っても、
タコラが他人の持っているものを何でもかんでも欲しがって
「くれ、くれ」としつこくねだった挙句に無理矢理奪い取ろうとして失敗する、という
ただそれだけの、
鮮烈なまでに馬鹿馬鹿しい内容であった。
毎回毎回その繰り返しで、それが1年間くらい続いていた。
ところが、
そんなくだらないワンパターンの繰り返しを毎日見ていても、決して飽きなかった。
夢見るような楽しい気持ちにさせてくれる不思議なパワーが
あの映像にはあり、
放送の無い週末がとても淋しく思えるほどだった。
タコラのする事といったら、
窃盗、恐喝、強盗、詐欺、暴行・・・と、もう無茶苦茶。
だけど、
タコラがそんな悪逆無道な許されぬ事ばかりするのに、
“不思議な森” では、
みんなが毎日をのどかに楽しく暮らしている。
本当に不思議な森だった(笑)。
怪獣ってとっても大らかな性格なんだなぁ・・・、
と感心するしかない。
理解の域を超えた世界で
単純なストーリーがテンポよく展開していく、
今まで味わった事のない奇怪な感覚の、とても面白いテレビ番組だった。
低予算の5分間番組だからと言って、
決して侮ってはならない実写ドラマであったと思う。
また、
『クレクレタコラ』には、人間は一切登場しない。
出てくるのは怪獣たちだけ。
だから、
あえて実写ドラマである必要もなく、
むしろアニメ作品であった方が
『アンパンマン』のように幼児にもウケて人気が上がって良いのではないか、
と思う人もいるかもしれないが、
それは違う。
『クレクレタコラ』は実写ドラマでなければならない。
主人公のタコラと子分のチョンボ、
タコラが憧れている女の子(つまり牝怪獣)モンロ、
おまわりさんのデブラ、
ヘララとシクシクとイガリーの仲良しトリオ、
そしてビラゴンにトロロ、
それらユニークな着ぐるみ怪獣たちが、
スタジオにかき割を置いて作った簡素な場所で
モソモソと動き回る姿には、
アニメでは表現不可能な “マヌケさ” があり、
それが軽快な演出によって生き生きと描かれ魅力的な映像になっていた。
その実写ゆえの “マヌケさ” は、
先述したタコラの悪逆無道な行為をも、滑稽かつほのぼのとした姿に映し出す効果があり、
結果的に、
のどかで楽しい雰囲気の世界が出来あがっていたのだ。
動きにくそうな着ぐるみ怪獣たちのマヌケな様子が
実際にテレビ画面に映し出されていたからこそ、
のどかなのであり、楽しいのであり、
“不思議な森” に夢を持てたのである。
『クレクレタコラ』が実写ドラマでなければならない理由は、そこにあるのだ。
ちなみに、
演出を担当されていた方々の中には坪島孝さんの名前もある。
オモチャ愛好家の間では有名な、
マルサンのブースカがオモチャ工場で大量生産されるシーンがある『クレージー黄金作戦』をはじめ、
クレージー・キャッツの数々の映画の監督をされていた方である。
失敗を物ともせず
痛快なテンポで明るく生きていくタコラの姿は、
クレージー・キャッツの一連の映画における植木等さんの役柄にも通ずるものがあり、
番組が面白かった事にもなるほど納得がいく。
大人になってから知ったのだけど、
タコラの正体は、
なんと、
公害で汚れた海水のせいで突然変異を起こしたタコである、
との事。
当時の世相を反映した、社会意識の高いそんな設定があったと聞くと、
馬鹿馬鹿しいお話の中にも、
文明批判、社会諷刺、あるいは、人生の奥深さ、といったものを
感じてしまうのは僕だけだろうか。
まぁ、馬鹿馬鹿しいにしろ、奥深いにしろ、
僕が子供の頃ワクワクしながら見ていたのは動かぬ事実。
したがって、
ソフビ怪獣人形にも濃厚な愛情が湧いてくる。
『クレクレタコラ』のソフビ怪獣人形は、
当時、ブルマァクから発売されていた。
スタンダードサイズは主人公のタコラのみだったようだが、
ミニサイズは、
タコラのほかにも、仲間の怪獣たちが数匹商品化されていた。
これが最高に素敵。
色も綺麗で造形も良い。
この時期、
第2次怪獣ブームは少し翳りを見せ始めていたが、
ブルマァクのソフビ怪獣人形は造形力の絶頂期。
特にスタンダードサイズでは、
ジャミラ人形やケムラー人形などで確立させた
“実物の怪獣の着ぐるみをリアルに表現しながら綺麗にまとめあげる”
という作風が実を結び、
もはや実物の怪獣の着ぐるみよりも人形の方がカッコいいのではないかと思える、
メガロ人形やカメレキング人形などのような素晴らしい造形を生み出していた。
それら洗練された美しさを誇る人形たちは、
“シンメトリーを崩して歪みやねじれを多用する”
というマルサンの温かい造形美とはまた違った味わいがあり、
実に魅力的なものだった。
翌年には、
メカゴジラ人形という傑作ソフビも誕生している。
そんな中作られたタコラたちの人形が、
ミニサイズとはいえ完成度の高いものであった事は、大いに頷ける。
また、
番組の性質上、実物の怪獣がもともとオモチャっぽい造形だった事も、
人形の出来の良さに更に加勢して、
テレビの中から着ぐるみがそのまま飛び出してきたような、
夢のある、とびきりイカした人形に仕上がっている。
チョンボ人形なんて、
ジーッと見てると、
まるで “だるまさんが転んだ” で遊んでいる子供のように
ピクッと動くような気がしてきてドキドキするし、
うるんだ瞳でこちらを見つめているようなモンロ人形からは、
あの “ウッフ〜ン” という声が聞こえてきそうで、
胸がときめく。
のどかで楽しいあの映像が目に浮かんでくるようだ。
向かって左から、ビラゴン、モンロ、タコラ、チョンボ、イガリー。
懐かしく愛しい、メルヘンの世界の怪獣たち。
色とりどりのキャンディーが並んだ、
お菓子屋さんのガラスケースの中を覗いているよう。
主題歌 (これがまたシュールな歌詞!) の中で、
タコラは
“怪獣仲間じゃ有名人” と
歌われているが、
怪獣仲間だけじゃなく、
我々人間の間でもタコラは有名人だ。
怪獣とか昔のテレビ番組とかにあまり詳しくない人でも、この番組を記憶している人は結構多い。
数年前、
バラエティ番組で、キャイーンの天野さんとウドさんも、
パロディで “クレクレウドラ” というのをやっていた(あれもとっても面白かった)。
みんな子供の頃に見てたのだ。
お金をかけなくても、
情熱とアイデアで、子供の心に残るような作品を作る事が出来る。
『クレクレタコラ』は、それを証明する代表的な番組だろう。
今、こうしてカラフルな人形たちを眺めながら、つくづく思う。
前代未聞にして空前絶後、『クレクレタコラ』を超える世界観を持ったテレビドラマに、
僕はいまだに出逢えていない、と。
タコラは、
他人の持ってる物を何でも欲しがり取り上げようとする悪いヤツだが、
テレビを見ていた僕ら子供達には夢や元気をくれる、それはそれは素敵な怪獣だった。忘れられない。
あぁ、クレクレタコラよ、永遠なれ!