第22回 「怪獣王子になりたくて」 2005.11
子供の頃、もしも自分のニックネームを自分で決めて良いのだったら、
僕は迷わず “怪獣王子” になっただろう。
怪獣大好き少年にとってこんな名誉な称号は無いと思う。
毎日の生活の中で友達から、
「おい、怪獣王子、今日遊ぼっ!」
なんて言われたら、たまらなく嬉しかったはずだ。
だけど、
誰も僕の事を “怪獣王子” などと呼んではくれなかった。
『ウルトラマン』には、
古代怪獣ゴモラの回に “怪獣殿下” というニックネームの少年が登場するが、
実際には、
怪獣ブームの真っ只中、怪獣が大好きで怪獣の事にすごく詳しい、なんて少年は
別に珍しい存在でもなく、
それが特化したものとしてその子を印象づける特徴になったりはしないので、
怪獣にちなんだニックネームがつく事は難しい。
いわゆる “怪獣博士” は、クラスの中や近所に何人もいた。そんな時代だった。
よって僕は、
怪獣の事ばかり話していた日常には左右されない、
単に苗字をもじった “マミ” とか “マミッチョ” とか、
そんな面白くもなんともないニックネームで呼ばれる事が多かった。
“けろっこデメタン” などと呼ばれた時期もあったが、
アニメのキャラクターというのがイヤだった。
僕は怪獣映画や実写ドラマは大好きだけど、アニメ作品はどうにも苦手だったので、
目がデカいという顔の特徴をからかうのなら、せめて “ぐるぐるメダマン” にしてほしかった。
“ガマギラー” とか “ギラギンド” とかでもいい(いいのか(笑))。
とにかく特撮作品のキャラクターにしてくれェ、
と心の中で叫んでた。
だから、
大人になった現在でも、
プロ野球選手の “ゴジラ松井” とか “大魔神佐々木” とかなんて、本当に羨ましく思う。
やっぱり怪獣なみの凄いプレーヤーにならないと、
そんな名誉あるニックネームはつけてもらえないのだろう。
3年間草むしりと球拾いで終わった僕の高校の野球部時代のニックネームは “カンス”。
僕は “カンス” と呼ばれていた。
“カンス” とは “蚊” の事で、
背が高くて痩せている僕がグランドを走っているのを遠くから見ていた先輩が、
蚊が飛んでるみたいだと思った事から命名されたものだった。
「おい、カンス、ピザパン買って来い!」
とか、
「カンス、俺のスパイクみがいとけ!」
とか、
「三塁側のベンチが散らかってるぞ!ちゃんと掃除しとけ、カンス!」
とか、
そんな先輩や監督の声が、毎日のように部室やグランドに響いていた。
当時は別に何も思わなかったけど、
よく考えたら、
“蚊” だもんなぁ・・・。
“怪獣王子” どころか、怪獣にすら程遠い、現実は辛く厳しいものであった(笑)。
それはそうと、
『怪獣王子』は大好きなテレビ番組だった。
昭和40年代初頭にフジテレビ系で放送されていた特撮テレビ映画で、毎回、夢中で見てた。
主人公の怪獣王子とは、
伊吹タケルという日本人の男の子で、
赤ん坊の時に火山島の噴火による旅客機の墜落事故で行方不明になったが、
奇蹟的にその火山島で生き延びてたくましい野生の少年に育っていた、という設定。
兄弟同然に育った恐竜ネッシーとともに、
地球侵略を企む宇宙人やその宇宙人が送り込んでくる怪獣たちと勇敢に戦うその姿は、
とても魅力的だった。子供なのに凄いなぁ、っていつも思ってた。
演じていたのは、
それ以前に忍者ハットリくんを演じていた子役の男の子で、
アクションも上手でカッコよかった。
神社や空き地などでオモチャのブーメランを投げては「オォラー!」と叫んで、
よく真似して遊んだものだ。
めちゃめちゃ好きだった。憧れていた。
5歳年上の近所のお姉ちゃんに、
僕が大切に持ってた少年雑誌(確か少年キング)の表紙の怪獣王子の写真にボールペンで
鼻毛数本の落書きをされて、
怒りと悲しみに震えて大泣きした事を憶えている。
体中のエネルギーを出し切って泣いてやろうと思った。
そうする事で
僕がどれほど怪獣王子が好きか、
どれほどショックを受けたか、
自分のした事がどれほどヒドい事か、
そのお姉ちゃんにわからせてやりたかったのだ。
なんて下品で無神経で頭の悪い女なのだろう、と
僕はそのお姉ちゃんが大嫌いになった。
怪獣王子は僕にとって神格化された存在だったので、
写真に鼻毛を書き込むなど、許せない、ありえない、信じられない、罰当たりにも程がある行為だったのだ。
僕と同世代じゃない人にはちょっと伝わりにくいかもしれないけれど、
怪獣王子は、
子供なのに悪者と堂々と渡り合う勇気と強さを持ち、巨大な恐竜とも心を通わす、
実にカッコいいヒーローだったのだ。
男の子なら誰もが大好きで、
崇拝に近い気持ちを抱いていたと思う。
ウッチャンナンチャンの内村さん(僕と同年齢)も、
生まれて初めて買ったレコードが『怪獣王子』の主題歌で、
毎日聴いて毎日一緒に歌ってた、との事。
当時の子供達の感性で、
恐竜の頭にまたがって宇宙人や怪獣と戦う怪獣王子の姿に憧れないはずがないのだ。
ソフビの人形は、
怪獣王子とネッシー、それと遊星鳥人が、
スタンダードサイズで野村トーイから発売されていた。
マルサン・ブルマァクのウルトラシリーズやバンダイ(ポピー)の仮面ライダーシリーズに比べたら
圧倒的に少ない商品化数だけど、
作品に登場するキャラクターがソフビ怪獣人形として世に出ていただけでも
非常にありがたい事である。
たとえば『仮面の忍者 赤影』なんて、
あんなに面白くて、あんなに人気のあった番組で、
主役の3人(赤影、青影、白影)から敵の忍者や怪獣たちまで
魅力的なキャラクターがあんなに沢山いたのに、
どういうわけか、何ひとつとしてソフビ怪獣人形にはなっていないのだ。
それを思えば、
種類は少なくても、主役と敵がちゃんと商品化されていた『怪獣王子』は幸せな作品なのである。
だから僕は、感謝の気持ちを持って、一生懸命蒐集に励んだ。
怪獣王子 勇ましく口を開けているので、 「オォラー!」と叫んでるイメージで 造形されているのだろうか。 眉、瞳、歯、と丁寧な仕上がりの塗装が嬉しい。 斧は別パーツで、ブーメランは右手と一体成形。 |
ネッシー 何故かまんがチックな造形になっていて、不満。 頭にまたがるミニ怪獣王子も作ってほしかった。 赤、緑、茶色、と3種の成形色違いが存在する。 |
遊星鳥人 ネッシー人形とは異なり、着ぐるみを参考にした造形が 可愛らしくも恐くも見えて、なかなか魅力的。 赤と青の2種の成形色違いが存在する。 |
下の写真は、
厳密には『怪獣王子』シリーズのソフビ怪獣人形ではないのだが、
剣竜やジアトリマを、ネッシーと戦わせてみたものである。
子供の頃は玩具メーカー別に分類なんかしないから、
他メーカーの別シリーズだろうが、無版権の商品だろうが、こうやって自由に人形バトルを演出したものだ。
ソフビ怪獣人形同士を戦わせて遊んでいる時、
僕は、気持ちの上ではまぎれもなく怪獣王子だった。
テレビで見た怪獣王子のように、
平和を愛し、悪を憎み、何事にも恐れず立ち向かう、そんな男になりたい、なろうと思ってた。
あの頃の気持ちを僕は失いたくない。
社会に出て大人になる事と引き換えに失ってしまったとしても、
そういう気持ちを持っていたという事を、忘れないでいたい。
子供の頃の気持ちや夢や思い出を大切にしたいのだ。
それは、“後ろ向き” なのではなく、
自分を見失わず前へ進むために必要な事だと思っている。
だから僕は
今でも「ヒーローや怪獣が好きだ」って胸を張って言えるし、
オモチャの愛好家である事に誇りも持っている。
「いい歳して・・・」などと言って怪獣ファンを馬鹿にしたり、
語源も知らず意味も考えず “おたく” という言葉を軽率に使って
コレクターを嘲笑したり気味悪がったりする人達の、
薄っぺらい感性や歪んだ心性にはとても哀しくなる。
吠えて暴れる “怒り” から、嫌われ邪魔にされ最後はやられてしまう “哀しみ” まで、
怪獣の存在に僕らは自分自身を投影して感情移入した。
怪獣は空想の生き物でありながら、子供達にとって “現実” だったのだ。
そんな “現実” に直面し戦うヒーローの、
苦悩や葛藤を乗り越えるたくましい精神と正しく美しい心に、
僕ら子供達は憧れたのである。
ただ強いだけじゃない。
ただカッコいいだけじゃない。
理屈では上手く言えなかったけど、
ヒーローと怪獣の戦いには “痛み” がある事を、僕ら子供達はちゃんと理解していた。
小学校に上がるずっと前からだ。
理屈が言えないのに理解していた、という事は、心が汚れていなかった証拠である。
そんな頃を忘れないでいたいという願いや、大切にしたいという思いは、
他人から侮辱されるようなものでは決してない。
僕がヒーローや怪獣を大好きな事、
僕がオモチャを集めている事、
それを多くの人に知ってもらいたい。
「僕の趣味はソフビ怪獣人形の蒐集です」
と、声を大にして言いたい。
“けろっこデメタン” や “カンス” を経て、結局 “怪獣王子” にはなれなかったけど、
やっぱり “怪獣王子” になりたくて、
僕はいまだにソフビ怪獣人形を買い続けているのかもしれない。