真水稔生の『ソフビ大好き!』


第23回 「温かいヒーロー」 2005.12

小学2年の夏休み、近所のスーパーにミラーマンがやってきた。
それは、
怪獣と戦う派手なショーではなく、
ミラーマンに変身する鏡京太郎の沈静なキャラクターを物語るような、
“写真撮影会” という地味なイベントだった。

それでも会場は
子供達でごった返しの状態になっていた。
当時、
ミラーマンといえば、ウルトラマンや仮面ライダーと並ぶ超人気ヒーロー。
近所の子供達が集まらないわけがない。

主題歌が流れるそのスーパーの一角は、
一緒に主題歌を歌っている子や
ミラーマンのお面をかぶって走り回っている子、
怪獣の名前を大声で連呼している子や
なぜか泣いている子など、
もう、興奮がピークに達したハイテンションな子供達でひしめき合っていた。

そんな中、
ヒーローや怪獣が大好きなはずの僕は、独り遠くからその様子を見つめていた。
なにもミラーマンが嫌いだったわけじゃない。
もちろんミラーマンと一緒に写真を撮りたい。
だけど、
どうしてもみんなの輪に入っていけなかった。
なぜかと言うと、
それは、
『ミラーマン』の放送を観ていなかったからである。

名古屋では『ミラーマン』は『仮面ライダー』の裏番組だったので、
僕はただの一話も『ミラーマン』を観た事がなかった。
家庭用VTRなど無い時代だから、裏番組を録画しておいて後から観る、なんて事は不可能。
裏番組は、絶対に観る事が出来なかった。

テレビ局も、
『仮面ライダー』に『ミラーマン』をぶつけてくるなんて、まったく罪な事をするものだが、
友達の多くは、
週毎に交代で観たり、途中でチャンネル変えて両方観たりして、
自由に2大ヒーローの同時間ぶつかり合いを楽しんでいた。

だけど僕には出来なかった。
仮面ライダーには忠誠を誓い、毎回正座して観るくらいの気持ちで崇拝していたので、
裏番組を観るなどという行為は考えられない事だったのだ。

 番組を観ていないのに
 一緒に写真を撮ってもらうなんて図々しい、

と思った。
だから遠くにいた。

 ミラーマンを生で見る事が出来ただけで僕は満足なんだ、

と何度も胸に言い聞かせて・・・。
 
でも、
そんな僕の背中を押す人がいた。
 
 「なにィ、あんた、何やっとるの? まぁ帰るで、はよ写真撮ってこやぁ」

・・・母親だった。
一通り買い物を済ませた母親が、
僕を迎えに、ミラーマン写真撮影会のコーナーまでやって来たのだ。

『ミラーマン』が『仮面ライダー』の裏番組である事、
僕が『ミラーマン』を観ていない事、
そして、それを理由に僕がミラーマンに近づく事を躊躇している事、
それらの事情を全く把握していない母親は、
気の小さい息子が大好きなヒーローに近づけないでいると思って、
戸惑う僕を
無理矢理写真撮影の列に並ばせた。

僕は、
後ろめたいような胸がときめくような、なんだか複雑な心境で、
列のいちばん後ろで
自分の番が来るのを待つ事になった。

ミラーマンに、
あるいはミラーマンの近くにいる係の人に、
 
 「君は番組を観ていないからダメ!」

って言われたらどうしよう、

 「なんで番組を観ていない君が並んでいるんだ!?」

って怒られたらどーしよう、って思っていやな汗が出た。

今では笑い話だけど、
幼いその時の僕は、真剣にそう考えてドキドキしていたのだ。

そして自分の番が来た。
興奮と不安で体が固まってる僕を、ミラーマンはサッと抱きかかえてくれた。

番組を観ていない僕なのに、
ミラーマンはとても優しかった。そして温かかった。
抱っこしてもらった時の体のぬくもりが忘れられない。

今考えれば、
単に着ぐるみの中で汗をかいてた人の体温だったのだろうが、
あの時の僕には、
番組を観ていない子でも抱っこして写真を撮ってくれるミラーマンの優しさが
温度となって肌に伝わっているように感じられた。
ものすごく嬉しかった。

          緊張しながらもミラーマンの温かい優しさに感動して胸がいっぱいの僕と、
          撮影会の後でミラーマンにしてもらったサイン。
          本当はその場で専用のサイン色紙を買った子しかサインしてもらえないはずなのに、
          サイン色紙を買ってもらえず泣いてた女の子のハンカチにも、
          ミラーマンは内緒でサインをしてあげていた。
          そこでも僕はミラーマンの温かい優しさを感じて胸がいっぱいになった。



この数日後、
夏休みだったので奈良から伯母が遊びに来る事になり、
おみやげに僕の大好きな怪獣の人形を買って持っていってあげる、と言われて、
僕は迷わずミラーマンの人形をリクエストした。

伯母は、約束通りミラーマンの人形を買ってきてくれた。
大喜びで袋を開けて
そのミラーマン人形を取り出した時、
薄い水色の成形色と穏やかな表情のマスクの造形がなんとも優しい刺激で、
抱っこしてもらった時のあの温かさとイメージがピッタリ一致している気がした。1秒で気に入った。

僕が小学校の低学年から高学年になっていくにつれて、
少しづつ、愛するソフビ怪獣人形をはじめとする僕のオモチャたちは、
捨てられたり小さい子供がいる親戚や知人の家にもらわれたりしていったが、
そのミラーマン人形だけは、やはり手放したくなかったのか、
中学校に上がる寸前まで持っていた記憶がある。

  写真の人形が、
  当時奈良の伯母に買ってもらっものと同タイプのもの。
  ブルマァクのミラーマン人形は、
  このタイプのほかにも、
  型やサイズの異なるものが20種類くらい存在し、
  当時の人気の凄さを物語る、
  って言うより、作り過ぎ(笑)。
  何故そんなにたくさん作ったのか、
  その理由は不明である。
  
  また、この人形は、
  着脱可能なマスクの下に人間の顔があるタイプで、
  中嶋製作所のタイガーマスク人形や
  バンダイの仮面ライダー人形を真似したものと思われるが、
  タイガーマスク人形や仮面ライダー人形は、
  “仮面ヒーロー” というそのキャラクターの性質上、
  意味のあるマスク着脱であり、
  仮面ではなく
  それが自身の顔であるミラーマンの人形が、
  マスク着脱である必要は全く無い。

  僕は、
  このミラーマン人形のマスクは絶対外さなかった。
  夢が壊れてしまうような気がして恐かったからだ。
  もちろん、
  ヒーローや怪獣が着ぐるみで、
  その中に人が入って演技をしている事はわかってたけど、




  そんな事は忘れて番組を観なければ、物語の中に感情移入も出来ないし、
  夢見る事も出来ない。

  人形遊びとて同じ事。
  ミラーマンのマスクの下から人間の顔が現れてしまっては、
  その瞬間に気持ちは冷めて、
  シラけた雰囲気になってしまうだろう。
  
  この時期、ミラーマンに限らず、
  ウルトラ兄弟やトリプルファイター、超人バロム・1やアイアンキングなど、
  仮面ヒーローではないキャラクターが、なぜかマスク着脱タイプの人形になって、
  ブルマァクとバンダイから続々と発売されたが、
  “変身” と言っても
  必ずしも “人間が仮面をかぶる” というわけではないので、
  そこはちゃんと線引きしてほしかった。

  特にブルマァクは、
  仮面ヒーローでないどころか、
  レッドマンやゴッドマンといった、
  お話の中に人間の顔や姿で登場すらしないキャラクターまで、
  なんでもかんでもマスク着脱タイプの人形にして発売していて、なんか軽薄な印象だった。
  ヒーロー人形のマスクが外せたら子供は喜ぶンだ、と
  単純に思われてる気がしてイヤだった。
  
  ちなみにバンダイは、
  そんな風潮に流されていながらも、
  人間が変身するわけではないロボット刑事Κの人形だけは、マスク着脱タイプにせずに発売していた。
  細かい話だが、その辺りが、
  ブームの衰退とともに消えていく会社と、
  後にキャラクター玩具のトップメーカーになる会社との大きな違いだったのではないだろうか。

  子供達の心をちゃんとリサーチしないで、
  番組の内容やキャラクターの設定・特徴なども気にせず、
  ただ流行っているものを安易に取り入れて商品を作っていく、ブルマァクの社風は実に大味であった。

   なんでもいいからやってしまえ、

  という、このような気質は、
  マルサンの金型をそのまま使用して作ったモスラ人形の背中に
  ブルマァクの商標を無遠慮に大きく刻印したり(しかも版権は東宝でなく円谷プロになってる)、
  キングマイマイ人形の腕とムルチ人形の腕をつけ間違えたまま
  平気で発売したりしていた事実にも、
  明確に表われている。
  もしかしたら、
  ミラーマン人形の種類を異常に多く作り過ぎた理由も、
  そんなところにあるのかもしれない。

  例えば、
  第2次怪獣ブームが何かお祭りやイベントみたいなものだとすると、
  ブルマァクは、
  その開催期間中に人通りの多い “道ばた” で店を出していた野師ではなかったか。
  ブームの頂点に君臨した玩具メーカーではあるが、
  粗雑っぽい露店のような匂いがブルマァクにはする。
  そのしたたかな商品たちは、
  あの時代の大らかな空気を象徴しているようにも思える。


奈良の伯母のおかげでミラーマンの人形を手にする事が出来た僕は、
当然その後に沸きあがってくる気持ちで、
『ミラーマン』に登場する怪獣の人形も欲しくなった。
数ヶ月にわたり必死で両親にねだったが
結局一匹も買ってもらえず、

 また奈良の伯母が来ないかなぁ、

って、しばらくの間ずっと思ってた(笑)。

番組は観ていなかったけど、
児童雑誌や怪獣図鑑などで見たミラーマン怪獣は、
斬新なデザインでカッコよく、お洒落な感じがして好きだった。
中でもアイアンとキティファイヤーは、
そのフォルムといいネーミングといい、未来的な雰囲気がなんとも魅力的で、
“新しい時代の怪獣” として僕は憧れていた。

鋼鉄竜アイアン
体の表面に浮き出た人面疽のような顔と
極端に短い腕、そして不自然にはえた尻尾、
明らかに地球上の生き物ではない、
そんな実物の不思議な姿形を巧く再現した、
素晴らしい人形だと思う。
写真では解りづらいが、この2体には
成形色に肌色と山吹色の違いがある。
肌色の方(向かって左側)は、海外版なのかなァ。

  ミラーマン怪獣の最高傑作、
  と世に名高い、火炎怪獣キティファイヤー
  怒ると体中から高熱を発する怪獣だそうだが、
  怒らなくても充分熱いような気がする(笑)。
  色といい造形といい、
  燃えたぎる炎の勢いを力強く表現した、
  これまた素晴らしい人形だと思う。
  ミラーマン人形と並べると、
  色の対比が絶妙で、さらに魅力が増す。

暗黒怪獣ダークロン
ブルマァクの数ある怪獣人形の中で、
最多可動部数を誇る人形。
嫉妬の業火に身を焦がす般若の面のような
顔の造形がちょっと恐いけど、
手や角が小さな筍みたいで可愛い。
なぜか袋のタグは
『帰ってきたウルトラマン』のものであったが、
足の裏には “ダークロン(ミラーマン)”
と御丁寧に彫られている。
マルチは分身怪獣なので、
こうしてバージョン違いを並べるのに最適。
僕は『ミラーマン』で
“インベーダー”という言葉を知ったので、
中学生の時に流行ったインベーダーゲームは、
マルチの分身を密かにイメージして楽しんでいた。
「ミラーナイフ!」と心の中で叫んで(笑)打ちまくり、
3万点以上のスコアを常時出していた。

ミラーマン怪獣のスタンダードサイズ人形は、
上記のものをはじめ、
14種類の怪獣が当時ブルマァクから発売されたらしいが、
そのうち、
カメレゴン、ビッグアイ、スフェノドン、タイガン、キングワンダーの5種は、
少数しか生産されなかったのか、
当時オモチャ屋で見た記憶も無いし、現在もほとんど市場に出ない。
出たとしてもびっくりするほど高価なので、
一生懸命お金をためて一生に一度あるかないかの出逢いのチャンスを待つしかないのだ。

多く作り過ぎていまだに袋入りのデッドストック品が余っているミラーマン人形とは、
あまりにも対照的な残存数の少なさである。

そんな珍しい怪獣たちはもちろん持っていないし、
型やサイズの種類を多く作り過ぎたミラーマンの人形も全種はまだ集めきれていない僕だけど、
いつかはコンプリートするつもりでこれからも蒐集に励みたい。
どうせムリだと最初からあきらめてしまっては何も始まらないだろう。
いつかは全部揃えるつもりで進んでいく事が大切だし、それが楽しくてコレクターをやってるのだから、
入手困難な状況など全然平気だ。

それに、
ミラーマンやミラーマンの怪獣を追いかける人生なんて素敵だと思う。
少年時代に心と体で味わったミラーマンの温かさを、いつも思い出しながら生きていけるのだから・・・。

                            

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