第204回 「“眠れぬ夜” など無いのだ!」 2021.1
人前で字を書く際、
「あ、書き順が違う」
って指摘される事が、僕には時々あります。
もちろん、それは、
漢字の書き順を正しく覚えていないからなのですが、
指摘されるその度に、
ウザっ!
って思って、心の中で舌打ちをしてしまいます。
・・・だってぇ、
好きに書かせてくれりゃあいいじゃないですか、そんなの。
書き順が違ってるから、って、
それがどうした?
お前に何か迷惑かけたか?
って話ですよ、まったく。
子供の頃からずっとそうで、
小学校や中学校で漢字を習って覚える際、僕は、一切、無視してきたンです、書き順というものを。
なので、
いくつかある、正しい書き順で書ける漢字も、
その書き順を意識して覚えたわけでなく、たまたま合ってるだけ。気にしちゃあいません。
もちろん、
書き順には意味(理由)があって、
“はね” や “止め”、“はらい” がスムーズに出来るように考えられているので、
正しい書き順で書けば、見てくれのいいきれいな字になる事は知っています。
大学生の時、家庭教師のアルバイトをしていて、
僕が書いた何かのメモの “飛” っていう字を見た教え子の女の子に、
「先生、“飛” って漢字の書き順、知らないでしょ?」
って嘲笑されて、
正しい書き順で書かないと少しヘンテコな形の “飛” になる事を知り、
書き順の重要性を痛感した、って事もありましたし・・・。
けれど、
僕の書く字は、
べつに読みづらい(読めない)ほどの汚さじゃないし、
何より誤字になっているわけではないので、とくに改める気にはなりませんでした。
むしろ、
それまで以上に、
“正しい書き順” なんて、どーでもいい。 好きなように書けばいい、
って強く思うようになったくらいです。
というのも、
僕が、そういう、
書き順を知らない、
なんていう人間味(笑)を曝け出した事で、
その女の子は明らかに心を開き、
解らないところがあれば「ここが解らない」と気軽に正直に打ち明けてくれるようになったので、
有意義な学習時間を過ごす事に繋がったンですよね。
結果、成績もグンと上がって、その女の子にも喜んでもらえましたし、
親御さんからも「先生のおかげです」って感謝されて、
アルバイト料とは別に
食事をごちそうしていただいたり、
プレゼント(万年筆だったかな)をいただいたりして、嬉しい思いをしたンです。
役に立てた、っていう達成感のようなものも味わえましたし・・・。
なので、
書き順が間違ってる、正しい書き順を知らない、
からといって、
べつに生きてく上で何も困らないし、
それどころか、逆に充実した日々を送れている気がするくらい、なンですよね。
要は、自由に生きる事の価値を見出してるわけです、そこに。
そんな大袈裟な・・・、って笑われるかもしれませんが、
冗談ではなく本当に、
漢字の書き順は、僕にとって、人生の歩き方を象徴するようなものなンです。
周りから、変だと思われようが、カッコ悪いと思われようが、自由に生きたいンですよね、人生を。
“自由” とは、
とてもありがたく、素晴らしいものですから、
せっかくそれを与えてもらえる時代や境遇にいるのなら、
その権利を大切に有効に使って、心豊かに楽しく暮らしていきたいのです。
それが元気や活力に繋がっていくのですから。
ゆえに、
そんな “生き方” にも通じる漢字の書き順を、
赤の他人から「間違ってる」なんて言われる筋合いは無いし、
これからも、改めるつもりは全くないわけです。
ただ、年齢が年齢ですので、
今更、正しく覚えようと思っても頭に入らない、ってのもありますけどね(笑)。
というわけで、
今回のテーマは “自由”。
自由に暮らし、自由に生きる・・・、それがいちばんですよ、ホント。
・・・まぁ、
仕事の面においても、
公務員になど、なれる才能も徳も持ち合わせていませんでしたし、
サラリーマンですら、続けられなかったような僕ですので、
制約に縛られる事が人一倍苦手である事は認めますが(苦笑)、
人生を楽しむには、
何よりまず、自由でないと・・・、って思うンですよね。
当然の事ながら結婚生活も破綻しましたけど、
思い返してみると、
やっぱ無理してましたし、土台、うまくいくはずのないものだったンだなぁ・・・、って思いますもん。
オフコースさんの歌に『眠れぬ夜』というのがありましたが、
あれは、
独りで気ままに暮らす “自由な毎日” は
快適なものではあるけれど、
なんだか寝付けない夜とか雨降りの日とか、そういう、孤独を強く感じる時には、
人恋しくなって、
恋人(あるいは妻)と暮らしていた “愛の日々” の大切さや幸せを思い知る・・・、
って内容で、
20代や30代の頃は、
解るなぁ~、そういうの・・・、
って感じで聴いていたものの、
もう、20年、ずっと独りで暮してきて、50代半ばを過ぎた今では、
いや、やっぱ、“愛の日々” よりも “自由な毎日” の方がいいなぁ・・・、
って、実感してますね。
今は彼女もいませんので、
淋しさに嘆く時も、そりゃあ、ある事はありますが、
今のこの生活のペースやスタイルを変えてまで、再びあの温もりを得たいとは、思いません。
面倒くさい、というか、
そこまでするメリットを感じない、というか・・・。
自分のすべてを捧げたくなるような女性と出逢い、燃えるような大恋愛でもすれば、
話は変わってくるかもしれませんが、
そんな事態には、もうなりませんのでね。心配無用(笑)。
だって、
仮に、
そんな素敵な女性と出逢ったとしても、
そこから恋愛に発展して一緒に暮らすようになる、という事は、
僕が一方的に惚れぬくだけでなく、
その女性も僕の事を、
この、50代半ば過ぎにしてアルバイトで生計を立てている現在のこの僕の事を、好きになって、
この人と人生を歩んでいきたい・・・、
と思ってくれる、という事ですから、
そんな夢みたいな話、ありえませんもの。
奇跡ですよ、奇跡。
もし、僕に、
そんな奇跡を起こせるほどの強運があるのなら、とっくに宝くじが当たってます(笑)。
宝くじは、
当選番号がある以上、
どんなに確率が低くても、当選する可能性は皆無ではないわけですからね。
現在の僕が大恋愛して再婚など、
もはや、
億万長者になるよりも困難な事なのであります(哀)。
・・・あ、いやいや、“(哀)” じゃない、“(哀)”じゃない。
哀しくなんかないです。
そんな暮らしや生き方を、僕が自分自身で選んで手に入れたのですからね。ハハハ。
“眠れぬ夜” など、僕には無いのです。
ユニコルノス ポピー製、全長約12センチ。 以前、 第153回「蘇らずとも、甦る」の中で紹介した向かって右側の人形と違い、 口の辺りが赤く塗装されています。 |
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昨年末に、 |
・・・そういえば、
『仮面ライダー』のオープニングで流れるナレーションの中に、
仮面ライダーは、人間の自由のために、ショッカーと闘うのだ、
ってフレーズがありましたね。
『仮面ライダー』世代であり、『仮面ライダー』崇拝者である僕が、
ライダーが命がけで守ってくれたその “自由” を、無駄にして生きるわけにはいきまません。
そんな事、許されません(笑)。
・・・って事は、つまり、 “自由” を最優先して生きてきた事は間違ってなかったし、 これからも、 こうやって生きていけば良い・・・いや、生きていかなければならない、 というわけですね。 |
確信しました(笑)。
やっぱり、僕には、“眠れぬ夜” など無いのだ!