真水稔生の『ソフビ大好き!』


第17回 「桃色の宴」 2005.6

コレクター仲間が集まれば、“ソフビ怪獣人形を肴にしみじみ飲む会” が始まる。
今宵は、
色がピンクの人形ばかり取り出して、優雅な花見の宴といこう。

場所取りの必要も無いし、虫も花粉も飛んでこない。
泥酔して暴走する性質の悪い花見客もいない。
実に快適な花見を、
僕らソフビ怪獣人形コレクターは、季節に関係なく楽しむ事が出来るのだ。

ピンクの怪獣でまず頭に浮かぶのは、このマルサンブースカ

ひとくちにピンクと言ってもいろいろある。
濃いピンク、薄いピンク、激しいピンク、ゆるやかなピンク、
艶めかしいピンク、お洒落なピンク、気高いピンク、懐かしいピンク・・・。

マルサンブースカのピンクは、
桜の花びらのように儚く淡い。
そのやさしい色加減が、ホッとするようなやすらぎを与えてくれる。
陽だまりの中でゆっくりと時間が流れていくようだ。

宇宙系幻想文学短篇集『緑色電気集』(舷燈社)の著者であり、
骨董玩具専門店・空想雑貨のオーナーでもある神谷僚一氏も、
このマルサンブースカのピンクを、

 “砂糖菓子のように甘いピンク”

と絶賛してやまない。
見る人の心をいたわるように包みこむ、温かい色なのだ。

怪獣でありながら子供たちと喜怒哀楽を分かち合う、というブースカのキャラクターにピッタリの色でもある。
実物の着ぐるみの色を忠実に再現した人形を作っても、
おそらくこのピンクよりは見劣りがするだろう。
人形の色が、実物の色以上に実物の魅力を物語る。これがピンクの魔力、ソフビ怪獣人形の妙味である。


お次に控えしは、
同じくマルサンの、ミイラ怪獣ドドンゴ
いろいろなカラーヴァリエーションが存在するが、印象的なのはやっぱりピンク。ブースカに劣らぬ絶品である。

咲き誇る満開の桜のように鮮やかなピンクが眩しい。
花見と言えば、このソフビだろう。
躍動感のある造形も相俟って、
生き生きとした、
明るい春のイメージが伝わってくる、
素晴らしい人形である。
  色の反転ヴァージョンで
  散り始めの頃を味わってみるのも風雅。
  例年より早く芽吹いた新緑、といった趣で、
  暖かい気候が感じられる。
  桜花と新緑、
  天の配剤のようなコントラストが、とても美しい。



ピンクという色の持つイメージは、“温もり” であったり “恋愛” であったり “色香” であったり。
心や感情や欲望といった生命の神秘を表す色、それがピンク。
そんな魅力的な色をした人形は、まだまだたくさんある。
どんどん紹介しよう。

にせウルトラマンに化けたザラブ星人
お酒に例えると、
にせビールに化けた発泡酒、
といったところか(笑)。
まぁまぁ、とりあえず乾杯!

お酒が苦手な人には、
お茶と甘いお菓子を。
隣りに添えたラドンのミニ人形が
「ホーホケキョ」と鳴いたら、
桜餅よりも梅羊羹の方が合うかな。

キャバクラ嬢に貢ぐ必要なんかありません。
我が家では
こんな魅力的な女性とお酒が飲めるのです。
謎めく色のお酒は魔法の水。
素敵です、マジピンク
恋をしようよマージ・マジーロ!

ほんのりとした酔いの火照りのような色合いが
なんとも風流なのは、
『透明ドリちゃん』に出てきた火の精
胸に染み入るようなやさしいピンクが、
熱燗と一緒に
心も体も温めてくれます。

桜の樹の下には屍体が埋まっている、
という伝説がある。
そんな足のすくむような恐怖を、
華やかな美しさの裏に秘めているのが桜だ。
毒ガスで人間を殺害するピラザウルスが、
その醜悪性とは無縁なピンクで
人形化されているところに、
僕は桜の幻惑的な二面性を重ね見る。
また、恐怖をそのまま表す黒い人形もあり、
ピラザウルスのミニ人形は、
まさに、桜そのものの印象だ。


ミスアメリカのピンクは、
憧れの色。幼い恋の色。
小学6年の時に好きだったアイドル・松本ちえこさんが
『恋人願書』というシングルレコードの
ジャケット写真で着ていた服と同じ色。
ちえこさんがCMに出ていた資生堂の
バスボンシャンプーを買って懸賞で当てた
テレフォンオルゴール・ドレミファ象(これまたピンク)が
奏でる軽快なメロディに合わせて、
今にも踊りだしそう。
素敵。


古来、桜の樹に棲むと伝えられる、
“桜鬼”という魔性の女をイメージした、
衝撃的なヌード写真集『さくら伝説』を
平成14年に発表した女優・松坂慶子さんが、
若かりし頃に取りつかれた(笑)、宇宙細菌ダリー
松坂さんが30年以上も後に出す写真集のテーマを
まるで予知していたかのような色様が、
妖しく艶やかで、
そして神秘的だ。
心を惑わす桜の精気のようなものを感じる。
    ストローに充填された寒天を吸い出す、
    という駄菓子が好きだった。
    化学物質が
    ふんだんに使われていたであろう鮮やかな色彩に、
    幼い僕は未来を感じていたのだ。
    あの寒天菓子を思い出すザニカのピンクは、
    お洒落な未来のイメージ。
    中学2年の時に
    美術の授業でピンクの蟹の絵を描いたら
    「蟹はそんな色じゃない」と叱られた。
    先生ってダサいなと思った。



いろんなピンクがいろんな人形の色になって咲き乱れるソフビ怪獣人形の花見の宴は、
とても幸せなひととき。

ソフビ怪獣人形コレクターの大先輩であるトイライター・元山掌氏によると、

 ピンクはコレクターに最も愛される色、

との事。
今こうしてピンクの怪獣を眺めてみると、その言葉はしっかりと実感出来る。

いやいや、
コレクターでなくともこの良さはわかるだろう。
ピンクという色は、理屈でなく、ハートに直接届く色なのだ。
 
幼稚園に入るか入らないかの頃、商店街のオモチャ屋さんでマルサンのアボラスを見て

  「なんでアボラスがピンクなんだ」

と怒っていた男の子と遭遇した事がある。
僕は小っちゃかったので、
ピンクのアボラスにそれほど違和感もおぼえなかったけど、
僕よりはあきらかに年上だったあの子としては、
青色発泡怪獣の色がピンクでは、どうにも納得がいかなかったのだろう。

でも、
今ではあの子もおそらく、ピンクのアボラスに酔いしれるはずだ。
テレビに出てきた怪獣を
テレビに出てきた色で人形にしたところで、
上手にぬりえが塗れただけの事である。
当時の玩具メーカーは、そんな次元で勝負する必要はなかった。
ピンクのソフビ怪獣人形は、
オモチャがオモチャらしくいられた優しい時代の象徴だ。

ピンク、って本当にいい色だと思う。
 
コレクター仲間と酒を飲み、ノスタルジアに浸りつつ、勝手な事を言いながら、
宴は延々と続いていくのでした。

                              

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