真水稔生の『ソフビ大好き!』


第16回 「エロチズム 〜キルギス星人の復讐〜」  2005.5

ヒーローや怪獣は当たり前だった。

 朝起きれば歯ブラシやコップに、
 食事をすれば茶碗や箸やスプーンに、
 幼稚園に行く時はハンカチや靴に、
 学校へ行けば筆箱や下敷きに、
 銭湯に行けばシャンプーに、
 夜寝る時は下着やパジャマに、
 
そのほかにも、

 お菓子、弁当箱、傘、帽子、自転車、貯金箱、カレンダー、プールのカバン、遠足のリュックなど、

ヒーローや怪獣たちは、
オモチャにとどまらず、生活の中のありとあらゆるところに自然に溶けこんでいた。

そんな少年時代だから、
みんなヒーローや怪獣が大好きだった。
僕と同年代の人で、ヒーローや怪獣に興味が無いなんて人がいるとすれば、
かなりへその曲がった奇人・変人ではないか、とさえ思ってしまう。
それくらいヒーローや怪獣は日常にありふれていた。

だから、
子供の頃の思い出には
必ずと言っていいくらい、何某かの形でヒーローや怪獣が絡んでくる。

僕はなんと
“性の目覚め” も、ヒーローや怪獣が関係する出来事からだった。


というわけで、
今回は僕の性癖にまつわる思い出話にお付き合い願います。

それは、小学校1年の時、
母親に連れていってもらった遊園地(たぶん犬山ラインパーク)で観たシルバー仮面ショーに始まる。

あぁ、今思い出しても、胸の奥から何やら甘酸っぱいものがこみ上げてくる。

ステージ中央には、
白いミニスカートを履いた若い女性二人。
ショーの司会進行を務めるお姉さんたちである。

  「良い子のみんなぁー、こんにちはーっ!」

  「こんにちはー」

  「あれェ? 元気がないなぁ。ちゃんと朝御飯食べてきたぁ?」

  「食べてきたぁ」

  「じゃあ、もっと大きな声で挨拶出来るよね。こんにちはーっ!」

  「こんにちはーっ!」

  「はぁい、よく出来ましたぁ!」

な〜んていうお決まりのやりとりが終わったのを見計らい、
舞台上手からキルギス星人が現われる。

  「キャーッ!」

悲鳴をあげるミニスカートの二人のお姉さん。
襲いかかるキルギス星人。

と、そこへ
我らがヒーロー・シルバー仮面が颯爽と登場、キルギス星人を投げ飛ばす。
シルバー仮面とキルギス星人の格闘が始まる。

ミニスカートの二人のお姉さんが客席の僕らに呼びかける。

  「さぁ、みんなぁーっ、シルバー仮面を応援するのよォ!」

  「シルバー仮面、がんばれーっ!」

力いっぱい声を出し応援する僕ら会場の子供たち。

でも、
そんな大声はりあげて応援する必要など無いくらいシルバー仮面は強く
(・・・と言うよりキルギス星人は弱く)、
あっという間に格闘は終わり、
キルギス星人はステージ中央でのびてしまった。

キルギス星人を片足で踏みつけ、ポーズを決めるシルバー仮面。

 いいぞ、シルバー仮面!
 ありがとう、シルバー仮面!

さぁ、楽しいシルバー仮面ショーも終わったから、次は何か乗り物に乗る事を母親にせがもう、
と思った瞬間、
僕は信じられない衝撃的光景を目にした。
なんと、
ステージでは、
ミニスカートの二人のお姉さんが、
シルバー仮面といっしょになってキルギス星人を片足で踏みつけているではないか。

ついさっきまで
キルギス星人が恐くて悲鳴をあげてたくせに、
余裕綽々の表情でキルギス星人を踏みつけている二人のお姉さんに、
僕は驚きと息苦しいまでの不快感をおぼえた。

  なんなんだ、このお姉さんたちは。
  どうして、澄ました顔でこんな厚かましい事が出来るのだろう・・・。

そう思った。

イラスト:ふじいあきこ

その後、
遊園地でいろんな乗り物に乗って遊んだが、
お姉さんたちの事が頭から離れず、あまり楽しめなかった。

帰宅してからも
僕の気持ちは全然晴れず、夜もあまり眠れなかった。

次の日も、
またその次の日も、
僕は、ずーっとずーっと、不快なモヤモヤを小さな胸に抱え込んだまま過ごした。

しかし、
何日か過ぎた或る時、
僕はついに、それを吹き払う術を知った。

あの後キルギス星人が逆襲する場面を想像してみたのだ。
するとどうだろう、
今まで僕を苦しめつづけた不快感が一気に消え去ってすっきりするだけでなく、
全身がシビれるように気持ち良いではないか。

病みつきになった。
それ以来、
僕は暇さえあればそんな場面を想像して、密かに興奮するようになった。

シルバー仮面という強い味方を嵩に着て得意満面になっているお姉さんたちが
キルギス星人にやっつけられる事を考えると、
そのしくみはまだわかってなかったけど
僕のオチンチンは大きくなった。

イラスト:ふじいあきこ

この、
女に虐げられた男の逆恨みによる復讐、という不思議な快感は、
僕が小学校を卒業して
中学生、高校生になるにつれて異性に興味を持つようになると、
男なら誰もが潜在的に持ってる強姦願望のようなものに肉付けされ、はっきりとした性癖へと確立していった。

シルバー仮面ショーを観に行っていた頃は、
キルギス星人がお姉さんたちをただ踏みつけ返す、という単純な “仕返し” に胸をときめかせていたけど、
思春期を迎える頃には、
その “仕返し” の手段が、
倒錯した性愛による凌辱でないと満足出来なくなっていた。

キルギス星人を踏みつけていたお姉さんたちが逆襲され、裸にされていたぶられる、
そんな事を空想して楽しむようになっていたのである。

イラスト:ふじいあきこ

そんな頃に団鬼六先生の官能小説と出会った。
スパークした。

誇り高い絶世の美女が、
その美しさや身分の高さからくるやや高慢な言動がもとで、
ならず者や卑しい連中の恨みや妬みを買い、
拉致・監禁され身ぐるみ剥がれて
凄惨たる責め苦と羞ずかしめにのたうち泣きじゃくる、という鬼六ワールドは、
まさに、
“キルギス星人の復讐” という、僕の胸の中にあった性のカタルシスであり、求めていた世界だった。

仇討ちの旅に出た気丈な美女剣士が返り討ちにあい、
逆に囚われて言語に絶する羞ずかしめを受ける『鬼ゆり峠』や、
戦後の混乱期に、
美貌の元子爵夫人とその娘がかつての使用人に裏切られて暴力団の手に陥ち、
性の奴隷として調教されてゆく『肉の顔役』など、
もう、それは、
みうらじゅんさん風に言うと、“毛穴からザーメンが吹き出る” ような作品のオンパレードで、
夢中で読みあさった。
団先生の作品なら短編から長編に至るまでほぼ全て読破したと言っていい。
心底惚れ込んだ。

高校2年の授業中、退屈だったので、
或る時、
団先生の小説を真似てノートに自作の官能小説を書いてみた。

隣りの席の子に読んでもらったらこれが大ウケで、
男子校だった事もあり
クラス中に回し読みされるようになった。

稚拙な文章の、愚にもつかない内容だったが、
性欲しか頭の中に無い年頃(笑)の男の子には充分に快楽的だったのだろう、みんな喜んでくれた。

それ以来、
授業中は、居眠りしてたり教科書で隠してこっそり弁当を食べたりしてると、

  「何やっとるんだ、早く続きを書けてェ」

なんて催促されて、
常に官能小説を書かねばならなくなり、売れっ子作家になったような気分を味わう事になった。

詳しい内容は忘れてしまったけど、
不良生徒が素行の悪さを叱責された事を根に持ち、
その女教師を凌辱する話や、
クラスメイトが大勢いる中でラブレターを突き返された男子生徒が
失恋の腹いせにその女子生徒を凌辱する話、
だったと記憶している。

標的にされるヒロインは、
男より優位な立場や高い地位にいる美女で、
驕慢な態度が仇となって反感を持たれ、囚われて凌辱の復讐にあう、
というのが
僕の官能小説のワンパターンな筋書きだった。

根底にあったのは、
もちろん、
キルギス星人と白いミニスカートのお姉さんたちである。

情けない男の “恥をかかされた仕返し” などという卑劣で女々しい心根による凌辱を受け、
その淫虐な劣情に高慢ちきな女が屈する事を想像すると、
僕はエクスタシーを感じるのだった。

そんな性癖を満たしてくれる団先生の官能小説に魅了された僕は、
自分の作品がクラスメイトにウケた事も大いなる勘違いの要因となり、
官能小説家になるべく団先生に弟子入りしようと考えた。
そして、
弟子入りの際に団先生に読んでもらうため持ちこむ作品を、暇を見つけては書くようになった。

だけど、
授業中に書いていたような安易なものではなく、
弟子として認めてもらえるような完成度の高いものを書かねばならないと思うと、
なかなか納得のいくものが書けず、何度も何度も書き直していた。

そうこうしてるうちに、
なんと団先生は、平成元年、断筆宣言をされてしまう。

  「世の中の女性から奥ゆかしさや恥じらいといったものが消え、
   若い娘がガムを噛みながらセックスするような時代に、
   俺ひとりが「許してぇ」とか「かんにんしてぇ」とか書いてるのが
   非常に馬鹿馬鹿しくなった」

との事だったが、
だからこそ団先生には書きつづけてほしかった。

もともと女なんて無神経なものだ。
シルバー仮面がやっつけたキルギス星人を、
何のためらいもなく大根みたいな足で平気で踏みつけるようなしたたかな生き物、それが女。
団先生の官能小説に出てくるような、
羞恥心が強く優雅にして貞淑、なんて女性は現実には存在しないのだ。
なのに何故今さら・・・と、驚いた。
とてもショックだった。
同時に僕の創作意欲も萎え、弟子入りの夢も消えてなくなってしまった。

・・・まぁ、弟子入りはともかく、
団先生の新作がこの先読めないという事は、
僕にとって絶望を意味した。
団先生の官能小説の中にだけ、僕の理想の女性が存在したからだ。

どんなに自分が弱くてだらしなくても、
ちっぽけなプライドにしがみついていないと生きていけないのが男である。
多くの女性はそれを無情にも踏みにじる。
男と女の資質の違いを理解しようとはしてくれないのだ。

でも、
男として生まれてきたからには、いつも女性には憧れていたい。
尊敬と感謝の気持ちを持って心の底から愛しぬきたい。
それには、
団先生の官能小説が必要不可欠だった。

団先生の官能小説の中でなら、
男のプライドなど屁とも思わない女は、凌辱されるという罰を受け、
凌辱されるうちに女の生理の不可思議さから男の性の妖気の前にしおらしく跪いてくれる。

団先生の官能小説は、僕の心の楽園だった。
団先生の官能小説があったから、僕は女性を好きでいられた。


SMというと、
鞭とかローソクとかがイメージされてしまうが、
団先生の描く世界はそれとは違う。

肉体に直に感じる苦痛ではなく、
恥辱と屈辱にまみれた精神的な苦痛を美しいヒロインが味わうさまを、
情感豊かに、そして痛快に描くのが、
団先生の官能世界である。

にっかつロマンポルノでも団先生の作品はいくつか映画化されヒットしたが、
そのほとんどが、
原作とは無関係なストーリーであったり、団先生の世界とは無縁のシーンがあったりして、
もっとも肝心な団先生のロマンチズムが無視されたまま、
世の中に誤解され伝わっている。

最近の例で言うと、
主演の杉本彩さんの見事な演技と美しい裸体が話題になった映画『花と蛇』で、
杉本さんは乳房に針を刺されたりしていたけれど、
あんな残酷性は団先生の世界には微塵も無い。
全く違う別の世界の話である。

羞ずかしめられ、凍りつくような汚辱にまみれながらも、
被虐の情感に目覚めてゆく女性の心理を、
品の無い責めの描写や派手な演出抜きで映像化しても、娯楽映画としては成立しないのだろうか・・・。

杉本さんは素敵だけど、
やはり、原作に忠実な映画を見たいものだ。


その『花と蛇』にしても、
原作は、
社長夫人が使用人の嫉みから凌辱の復讐をされる、というお話だから、
僕の “キルギス星人の復讐” と内容がピッタリ一致している。

ヒロインである美しい社長夫人・静子が白いミニスカートのお姉さん、
静子を莫大な財力で守っている夫がシルバー仮面、
静子の美や富を妬んで性の地獄に突き落とす運転手の川田や女中の千代がキルギス星人に、
それぞれ当てはまる。

財界の大立て者の後妻におさまり栄耀贅沢な暮らしをしていた美貌の貴婦人・静子が
罠におちて
使用人たちから羞恥責めの限りを尽くされ泣き喚く、
というその物語の中に身を投じると(要はオナニーをすると(笑))、
シルバー仮面が助けに来てくれた事をいい事に
キルギス星人を公衆の面前で踏みつけるという傲慢無礼な振る舞いをした、
あの白いミニスカートのお姉さんたちが、
まるでお仕置きされているような気がして、
快楽の中で溜飲も下がるという、実に痛快な気分に僕は浸る事が出来るのだ。
 

それにしても、
子供の時観たシルバー仮面ショーの一場面が妙な形で根深く残ってしまったものだ。
あの時、
白いミニスカートのお姉さんたちが
シルバー仮面と一緒になってキルギス星人を踏みつけたりせず、

  「シルバー仮面、お願い、もう許してあげて」

なんていう優しい言葉を投げかけてくれたら、僕の女性観や性癖もきっと変わっていただろう。
団先生の官能小説のファンにもならなかったかもしれない。

確かに、突然襲いかかってきたキルギス星人が悪い。
だけど、
シルバー仮面がやっつけてくれたからといって
調子に乗ってなにも踏みつけなくたっていいのだ。
多くの子供たちの前で恥をかかされたキルギス星人の気持ちを思いやり、優しく許してくれる・・・、
そんな温かい心がお姉さんたちに欲しかったのだ。
 
記憶だと、
確かあの日はシルバー仮面ショーを観に行ったのではなく、
遊園地に行ったら、たまたまシルバー仮面ショーがやってて、たまたま観ただけだった。
偶然と言えば偶然なんだけど、
何か見えない力に導かれたような気がしないでもない。

ちなみに団先生だが、
断筆してから約5年間遊興三昧に暮らしていたため、
すべての財産を失い、
7億と言われていた豪邸も競売にかけられ借家住まいとなり、
平成6年、生活のために復筆せざるを得なくなった、
との事。

なんという素敵な生き様。
僕も団先生のような生き方をしたいものだ。
やっぱり弟子入りしておくべきだったかな。

『シルバー仮面』
 昭和46年の暮れからTBS系で放送された特撮ヒーロー番組。
 世界的ロケット工学の権威である父親が生前密かに
 自分達に託した光子ロケットの秘密を解き明かさんと、
 さすらいの旅を続ける兄妹の物語。
 シルバー仮面への変身能力を持つのは、
 柴俊夫さん演じる次男・光二。
 そのほかにも、長男・光一に亀石征一郎さん、
 長女・ひとみに夏純子さん(超ステキ!)、
 三男・光三に篠田三郎さん、
 と魅力的な役者陣が主人公に名を連ねた。
 視聴率こそ低迷したが、
 ヒーロー番組の概念を超えて
 本質的な人間ドラマの追究に挑んだとい点で、
 作品としての評価は高い。
 キルギス星人は、
 第2話「地球人は宇宙の敵」に登場した宇宙人で、
 地球人は戦争をするから信用出来ない、と主張する。

先日、彼女とセックスをする際、
気分を盛り上げるためキルギス星人の人形を片足で踏みつけてくれるよう、
頼んでみた(笑)。
コレクションが僕の大切な宝物である事を彼女は当然わきまえているので、
 
  「どうして? いいの? 本当にいいの?」

と何度も聞いて、
申し訳なさそうに恐る恐る踏んでくれたが、
そんな態度だから僕の股間は全く反応しなかった。

もっと無作法に、もっと無遠慮に、
厚顔無恥なあの白いミニスカートのお姉さんたちのようにふてぶてしく踏みつけてくれたら、
僕は燃えただろうになぁ・・・(笑)。

だけど、
本当に彼女がそんな風に大事なコレクションを踏みつけたら、
僕は激怒して喧嘩になったかもしれない。
って言うか、
そんな女だったら最初から交際なんかしていない。

高慢ちきな美女を凌辱して懲らしめる、
なんていうのは、あくまでも幻想の世界、小説の中だけでの事。
恋愛相手とするセックスとは全く別でした(笑)。

というわけで、
これが僕の彼女にそっと踏まれたキルギス星人の人形です(バンダイ製スタンダードサイズ)。

                              

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