真水稔生の『ソフビ大好き!』


第159回 「虫より怖くね?」  2017.4

突然、隣の部屋から「キャーッ!」と彼女の悲鳴。
何事か、と
すっ飛んで行ったら、
彼女の指さす方向に、1匹のシミが、うねうねと壁を這っていました。

“シミ” とは、
本の紙や糊を食べるために人家に生息する、全長5ミリくらいの小さな昆虫で、
我が家にも、
毎年、気候が暖かくなると現れるのです。
彼女がいた部屋には、
本棚もあるし、雑誌や資料などの紙類が積み上げてもあるので、
それら御馳走(笑)を目当てに・・・、というわけ。

ただ、
見かけるのは、
1シーズン(今頃から9月くらいまでの間)に
せいぜい4、5回。
しかも、
毎回、1匹(ごく稀に2匹)が壁や畳の上をウロチョロするだけで
大量発生はしませんし、
特に何か人体に害を及ぼすわけでもありませんので、
それほど疎ましくは思いません。
なんなら、
シミが部屋に現れた事で、

 あぁ、もう春かぁ・・・、

なんて、
大っ嫌いな冬が去った事に安堵したり喜びを感じたりするくらいです。

なので、
初めての遭遇で怯えている彼女には、

 「べつに飛んでこぉせんし、
  刺したり噛んだりもせぇへんで、大丈夫だよ。
  放っといたら、
  そのうち畳の隙間か本棚の裏にでも入ってくわ」

と説明してあげました。

ところが、

 「でも、怖い!」

 「気持ち悪い!」

 「こんな虫が同じ部屋にいると思うと落ち着かない!」

と捲したてられ、

 そんな事言われてもなぁ・・・、

と当惑していたら、

 「何しとるのォ? 早く殺してよっ!」

と切れ気味の口調で命令されました。

 虫よりお前の方が怖いわ!

と言おうと思ったのですが、
そんな冗談も受け付けない感じの、剣のある強張った表情。
モタモタしてたら、
シミではなく僕が殺されそうな気がしたので(笑)、
心の中で

 ごめんな~、
 彼女の前に現れたのが運の尽きと思って、あきらめてくれよ、
 
とシミに詫びながら、
仕方なく、
丸めたティッシュで殺生した次第です。 チ~ン(お鈴の音)。


それにしても、
おっかない彼女でした。
普段はとてもやさしくて可愛らしい女性なのですが
(ノロケではなく、彼女の名誉のために言っておきます(笑))、
虫との遭遇による恐怖が、
心の平静を失わせたのでしょう。

女性、って、
ホント、容赦無く昆虫を忌み嫌いますよね。

その嫌悪のパワーは強烈で、
たった1匹のシミの生存も許さぬ鬼と化した彼女のように、
“虫” と聞いただけで心の機能が停止するのか、
急に冷ややかで無情な言動をとるので、いちいち驚いてしまいます。

以前、山本梓さんが或るテレビ番組で
昆虫マニアだった元彼とのエピソードを語っておられたのですが、
その時の客席の女性たちの反応も、実に心無いものでした。

そのエピソードは、

 デートの際に、
 葉っぱと昆虫の入った透明のケースを
 元彼が持ってきて、

  「この中にいる虫、よく見てて」

 って言われたので
 しばらく観察していたら、
 その昆虫が葉っぱをムシャムシャと食べだし、
 なんと、
 その葉っぱがハートの形になって、

  「これが僕の気持ち」

 って言われた、

という内容で、
種明かしは、
 
 あらかじめ葉っぱに
 ハートの形を真ん中に残すように蜜が塗ってあり、
 その、蜜の塗られた部分だけを
 昆虫が食べるため、
 結果として、ハートの形の葉っぱが残る、

というものでした。

僕は、

 なんてロマンチックな話で、
 なんて粋な事をする彼氏だったのだろう、

と感動したのですが、
客席からは、
なんと、

 「え~?」

 「イヤ~」

といった、
侮蔑と拒絶が入り混じった、悲鳴のような女性の声が多数。
いわゆる “ドン引き” ってヤツです。
信じられませんでした。

いくら虫が嫌いだからって、
その元彼の気持ちを思いやる事も
恋愛の甘美なムードを感受する事もしないなんて、

 それでも血の通った人間かよ!

って、こっちがドン引きしたいくらいでした。

でも、
当の山本梓さんも、
御自身の恋愛話が言わば否定されているのに、
同じ女性ゆえその客席の女性たちの感覚が理解出来るのか、
特に反発もせず、笑っていらっしゃいましたので、
女性目線では、
デートに昆虫なんか持ってくる事自体、ありえないのでしょう。

報われない元彼と
そんなふうに無条件で嫌われる昆虫が可哀想で、
切なくなりました。


確かに、
昆虫は気持ち悪いです。
子供の頃は飼ったり観察したりする事が大好きだった僕でさえ、
今では触れないし、見るのもイヤですからね。
でも、
だからこそ、気持ち悪いからこそ、
神秘的で面白いのだし、
昆虫の方だって、
べつに人間を不快にするために存在しているわけではないのですから、

 なにもそこまで嫌悪しなくても・・・、

って思います。

・・・まぁ、
感情の生き物である女性に、そんな理屈は通じないのでしょうけどね。
嫌いなものは嫌い。
何がどうなっても、絶対嫌いなのでしょうから。

そういえば、以前、こんな事もありました。
同世代の男女が集まった飲み会で、
子供の頃観てた番組の話で盛り上がった際、
僕が
『ムシムシ大行進』の話をしたら、
男性陣は、

 「あった、あった!」

 「あぁ、好きだったぁ!」

って喜んだり、

 ♪ムシムシムシムシムシムシ~

って歌いだしたりして、
大いに懐かしんでくれたのですが、
女性陣は
まったく乗ってきてくれないので、

 「あれ?観てなかった?」

って聞いたら、

 「そんな気持ち悪い番組、観るわけないじゃん」

と、冷めた目で呆れたように言われたのです。

『ムシムシ大行進』は、
昭和40年代半ばに放送されていた、
昆虫などの生き物の映像に
声優が声を当ててストーリー仕立てになっていた番組。
つまり、女性は、
男と違って、
子供の頃からずっと、一貫して昆虫が嫌いなのです。
しかも、
テレビの映像、という、
直に接触する恐怖の無い二次元においてでさえも、受け付けないほど徹底的に。

ちょっと前に、
ジャポニカ学習帳の “昆虫の写真の表紙” が
一部の女性教師や母親たちからの
「気持ち悪い」というクレームを受けて廃止になった、というニュースが
ネット等で話題になっていましたが、
あれもそうですよね。
映像で見るのもイヤなのですから、
当然、
写真で見るのもイヤなのです。

とにかく、
昆虫たちには視界に入る事を一切許さない、というわけですね。
ホント、徹底してます。

あの時、
発売元であるショウワノートさんには、僕はとてもガッカリしました。
だって、
そのクレームを受けて、
あの、何十年も続いていた、伝統とも言える “昆虫の写真の表紙” を
あっさり廃止して、
“花の写真の表紙” オンリーに切り替えてしまったのですから。

あの表紙から、
昆虫をはじめとする生き物に興味を持って、
研究者の道へ進む子もいたかもしれないのに、

 子供の未来を奪うかもしれない事に、迷いや抵抗は無いのか?

って、憤りすら覚えました。

いくら
消費活動の鍵を握っている女性の声を
利益最優先の企業が無視するわけにはいかないといっても、
“すぐに廃止” なんて、納得がいかなかったのです。


・・・ただ、

ただ、今は違います。納得してます。
っていうか、
たった今、納得しました。

というのも、
1匹のシミの出現で取り乱した彼女の様子から、
過去に
テレビ番組の視聴や
飲み会の席などで見聞きした
“昆虫に対する女性のリアクション” を思い出し、
女性の、
その徹底した “昆虫嫌い” を強く再認識したからです。

ショウワノートさんは、

 女性の “昆虫嫌い” に理屈は通用しない、

って事を、
最初からわきまえていたのですね。
だから、
あんなに早くクレーム処理に動いたンだと思います。
女性が「気持ち悪い」と言ってるのに、
子供の未来がどうのこうのと反論したところで、はじまりませんからね。

企業としての理念とか方針とか、ってレベルの話でなく、
それ以前に、
どうしようもない力関係だったンだと察します。

彼女に
落ち着いて部屋にいてもらうため
やむを得ず1匹のシミを駆除した今だからこそ、
僕には
それが実感として解るのです。

虫も男も、
女性に睨まれたら、生きていけませんからね(笑)。

今回の『ソフビ大好き!』、
何かショッカー怪人のソフビを・・・、と考えていたのですが、
ショウワノートさんに倣って、
僕も、
昆虫の怪人はあえて外して、花の怪人を取り上げる事にします。
あの時のショウワノートさんの気持ちが理解出来た記念に(笑)。
  なので、ドクダリアン
ニューギニアのジャングルで200年を経た人喰い花を、
ショッカーが改造人間に仕立て上げた、
という怪人で、
人間を溶かして養分として吸収してしまう、恐ろしいヤツです。

物語冒頭の、
酔っぱらいのオッサンが食われてしまうシーンには、いきなり戦慄を覚えました。 
でも、
“200年を経た花” ゆえ、人間体の時の姿は老婆で、

 お婆さんの怪人なら、
 ライダーが苦戦するような強敵ではないな、

とも思いました(笑)。

案の定、
クライマックスのバトルでは、
ライダーは、
ライダーキックなどの必殺技を一切使う事なく、
ただ火中に投げ入れるだけで、この怪人を倒しました。
 
           

その、イメージどおりの低い戦闘能力に、
テレビの前で大いに納得してリアリティを感じましたし、
前の週の回が、
ライダーキックを跳ね返す強敵怪人アリガバリのお話だっただけに、
それとはあまりに対照的で、強く印象に残りもしました。

そういった意味で、
決して強い怪人ではないながらも
個人的には好きな怪人の1人でしたので、
『仮面ライダーⅤ3』の第28話で蘇った時も、

 あっ、ドクダリアンだ!
 やったぁ!

って喜んだ記憶があります。

ただ、
あのⅤ3の時のドクダリアン、
おそらく元のお話をチェックしていないのでしょう、
女性の怪人(声:沼波輝枝さん)ではなく
男性の怪人(声:沢りつおさん)になっていて、
鳴き声も、
あの個性的でインパクトのある「フィンヤッ!」ではなく、
名前の一部を用いた「ダリー! ダリー!」という安易なものに変わってしまっていて、
子供心に、
 相手が子供だと思ってナメとるな、

と、スタッフの杜撰な仕事に
スッと熱が冷める気がした事も憶えています。

いくら姿形はドクダリアンでも、
性別や鳴き声が違っていては、もう、それは別怪人ですから、
“蘇った” という設定に感情移入出来ませんからね。

日本中の子供が歓喜して観てる番組なのですから、
もう少し、愛のある仕事をしていただきたかったものです。
ちょっとガッカリでした。



そんなドクダリアン、
『仮面ライダー』放映時に、
3種のサイズのソフビが商品化されています。 
     
  まずは、こちら、
バンダイ製 スタンダードサイズ、全長約25センチ。
 
          第35回「ショッカー怪人に魅せられて」の中でも述べましたが、
この、腕のピンクが好き。 

腕のソフビの成形色が白なので、
その上に淡くピンクが吹かれると、

 火照っている色白の人妻、

といった趣で(笑)、
“老婆” ではななく “熟女” のイメージが湧いてきて、
ちょっとエッチで魅力的なンです。

胴体のソフビの成形色が黒なのに、
わざわざ腕は白の成型色のソフビに変えてあるのは、
そうやってピンクを活かすための狙いか、それとも、たまたまか・・・。
どちらにせよ、
実物以上に実物の魅力が味わえる、昭和ソフビの真骨頂と言える人形です。  
                                         


  次は、大きい人形。
バンダイ製 キングサイズ、全長約35センチ。
    基本的には、
スタンダードサイズの人形を
そのまま大きくしたような造形・彩色ですが、
腕のソフビの成形色が胴体と同じ黒なので、
僕の大好きな淡いピンクの塗装が、
黒地に白を吹いて、更にその上から・・・、
という仕口。 

よって、
匂うような色香が
スタンダードサイズの人形ほど感じられませんし、
ピンと張った背筋や
胸のモールドの小綺麗なまとまり具合から、
“熟女・人妻” よりも更に若返って、
“スタイリッシュなお姉さま”、といった印象を受けます。

・・・なんか、
どんどん、実物の “老婆” から遠ざかっていくなぁ・・・(笑)。
                                 


  そして、小さい人形。
ポピー製 ミニサイズ、全長約11センチ。
    なぜか黒目が描かれていないので、
見ようによっては、
 目が口で、
 その上の二本の花糸が目で、
 花弁は襟巻き、
という、
ドクダリアンとは全く異なるキャラクターに見えます。

当時の事ですから、
もしかしたら、
塗装担当者が本当にそう誤って解釈してしまい、
黒目を描いていないのかもしれませんね。
    仮にそうだとしても、
子供は空想力で対応するから大丈夫。
単にドクダリアンとして闘わせて遊ぶ日もあれば、
さしずめ “襟巻きカタツムリ” とでも名付けて、オリジナル怪人として闘わせて遊ぶ日もあるでしょう。
1体で2人の怪人を楽しむわけです。
子供の頃、
実際にそうやってこの人形で遊んでいた僕が言うンですから、間違いありません(笑)。




そういえば、先日、
『探偵!ナイトスクープ』を観ていたら、

 花恐怖症を克服させてほしい、

という女性の依頼が取り上げられていました。

虫ではなく花を怖いと感じる女性もいるンですね。
初めて知りましたが、
“アンソフォビア” という、一種の “不安障害” だそうです。

顧問としてゲスト出演されていた山田五郎さんが、

 アンソフォビアの人は、
 花に“目”があるように感じて、
 ジーッと見られているような恐怖に襲われる、

という解説をされていたのですが、
僕がそこで
ドクダリアンを思い出した事は、言うまでもありません。
    花の怪人で一つ目、ってデザインは、
もしかしたら、そういった症状に基づいて発想されたのかもしれませんね。


・・・ってか、虫の怪人より怖くね?(笑)








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