真水稔生の『ソフビ大好き!』


第93回 「臭いと匂い」  2011.10

先日、芝居の稽古が終わった後、
彼女が車で迎えに来てくれたのだが、
僕を助手席に乗せて走り出した途端、
小雨が降っているのにもかかわらず両側の窓を開けたので、

 「雨がかかるがや! 閉めろて!」

と僕は怒った。
すると、
彼女がこう言った。

 「だって、加齢臭がするもん」


ガーン!

出た。出てしまった。
稽古で汗を沢山かいた後とはいえ、
ついに僕も、
加齢臭を発するようになってしまったのだ。

いや、
もっと前から発していたのかもしれない。
そんな事、彼女でなきゃ、面と向かって言ってくれないだろうし・・・。
あぁ、イヤだ、イヤだ。
歳はとりたくないものである。

・・・ん? 待てよ。
って事は共演者の人たちも、

 「わぁ、この人加齢臭がするなぁ」

なんて思いながら、一緒に稽古してたのか?

あぁ、本当にイヤだ。
もう稽古に行きたくない(笑)。

なんで人間(特に男性)は、歳をとると臭くなるのだろう。
そうならないように
最初から神様が人間をいい匂いに作っておいてくれればいいのに・・・。
使えンなぁ、神様(笑)。



僕の人生における、いちばん最初の加齢臭との遭遇は、
小学校1年生の時。
どういう事情だったかちょっと忘れてしまったが、
節分の豆が大量に教室に届いて、

「明日、節分の豆まきをクラスでやりましょう」

と、担任の先生が思いつきで言った。
それで、鬼のお面を、
画用紙やボール紙などで自分で作ってもいいし、
家にある人はそれを持ってきてもいいから、
各自用意するように、という事になった。
僕は、
幼稚園に通っていた頃から持っていた、セルロイド製の鬼のお面を持っていく事にした。
市販の豆まき用の豆に
セットで付いていたチープなものだったが、
結構恐い顔をしていて、
そのお面を被るとなんだか強くなったような気分になれる、わりと気に入っているオモチャのひとつだった。

で、翌日、
朝のホームルーム、早速豆まき・・・のはずだったが、
その日は
担任の先生が休んだため(無責任だなぁ(笑))、
当時40〜50代くらいの男の先生が代わりに教室に入ってきた。
担任の先生は30歳くらいの女の先生だったので、
男の先生に慣れていない僕らのクラスは、一瞬、張りつめた空気になった。
それを敏感に感じ取ったその先生は、
馴染みの無い生徒たちとの距離を縮めようと、
いきなり、いちばん前の席に座っていた僕のお面を手に取り、
それを顔に当て、

 「鬼だぞォ〜!」

と、おどけて見せた。
たちまちクラスは爆笑の渦(全然おもしろくなかったけどなぁ(笑))。
その先生は、満足気に僕にお面を返した。
そして、
張りつめていた空気が解けて楽しい雰囲気になったところで、

 「どうしてキミたちは鬼のお面を持っているの?」

と聞かれ(休んでもいいけどちゃんと伝達しとけよォ、本当に無責任だなぁ)、
昨日担任の先生から言われた旨をみんなで伝え、
ようやく豆まきが始まった。
程無く、
僕は鬼に扮しようと、手元のお面を顔に付けた。

するとその瞬間、
今までに嗅いだ事の無い、なんとも不快な臭いが僕の鼻を襲った。
例えるなら、
ドブ川に何か変な薬品でも流し捨てたような、健康すら害しかねない感じの悪臭だった。
言うまでも無い。
さっき、僕のお面をつけて「鬼だぞォ〜!」とおどけて見せた先生の加齢臭が、
お面の内側に、顔の脂や唾液とともに付着していたのだ。
吐きそうになった。

もう、その日は、
その臭いが鼻について、授業中ずっと苦しかったし、
給食なんて、とても食べられなかった。
パンもおかずも牛乳も、みんなその臭いがした(・・・ように感じた)。
幼い僕には、
泣きたくなるほど臭くて気持ち悪い臭いだったのである。

帰宅後、
洗剤や石鹸で何度もお面を洗ってみたが、その臭いは取れなかった。
それどころか、
お面の内側をゴシゴシこすっていた雑巾や自分の指先までにも
その臭いが付着し、
何か、たちの悪い伝染病にかかったような恐怖さえ、僕は覚えた。
それから何日経ってもその臭いは消えず、結局、僕はその鬼のお面を捨てた。
気に入っていたオモチャだったのに・・・。

その恐るべき臭いと、それを発した先生を、僕は恨んだ。

あれから、40年の歳月が流れ、
なんと、
その恐るべき臭いを
自身の体から発するに至ってしまった。
自分がそれだけ歳をとったわけだから仕方のない事なのだろうけど、
やはりショックである。

しつこいようだが、
なんで人間(特に男性)は、歳をとると臭くなるのだろう。
本当に本当にイヤだ。


そこへいくと、
僕の愛するソフビ怪獣人形たちは、
何年経っても匂いが変わらず、実に羨ましい(笑)。

以前にも述べた事があるが、
マルサンやブルマァクなどの、僕が子供の頃のソフビは、
昔のままの匂いが消えずにするので、
自分の少年時代の記憶が
怪獣の形をしていつまでもそこにあるようで、とても愛しいのである。

ビニールの有害っぽい臭いだと言う人もいるが、
僕らの世代にとっては、
縁日の時に食べた綿菓子とか
母親が焼いてくれたホットケーキとかとイメージが同じな、
懐かしさが甘く薫ってやさしく胸に沁みる、なんだかとてもいい匂いなのだ。

匂いを嗅いでいる僕の方は、
年齢を重ねて加齢臭を発するに至り、そばにいる人に不快な思いをさせているというのに、
そんな僕に、
子供の頃と同じ甘い匂いを変わらず提供して心を安らかにしてくれるなんて、
ソフビ怪獣人形とは、
なんて健気な奴らなのだろう、と思う。
申し訳ないくらいだ。

いつまでも子供の頃のいい匂いがするソフビ怪獣、
世の中に、
こんなにもロマンティックなオモチャが、ほかにあるだろうか。

・・・そういえば、最近のソフビは、
昔と原料が微妙に異なるのか、そんな甘い匂いはしない。むしろ無臭に近い。
バンダイのウルトラ怪獣シリーズで遊んだ子供たちは、
いつか加齢臭を発するオッサンになった時、
僕のような気持ちを味わえないのかと思うと、
またまたマルサン・ブルマァク世代であった事に感謝し、幸せな気分になってしまう。



そこで、
例によってコレクションの紹介ですが、
文章や写真では匂いを届ける事が出来ないので、
今回は、
これらガボラの人形を紹介する事にします。

なんで匂いの話でガボラ人形か、と言うと、
このように、
ピンクやオレンジの明るい彩色が
お菓子や果物を連想させ、
甘くて懐かしい、なんだかいい匂いをイメージさせてくれそうなのと、
普段は
首周りにあるヒレを包皮状にして顔を隠しているガボラが
そのヒレをガバッと開いて
顔を出した状態である人形を見れば、
まるで花がパッと咲いたみたいで、
これまた、なんだかいい匂いのイメージが広がりそうだから。

   ・・・強引かな(笑)。



まずは、
マルサン製(全長約23センチ)の4体。

         
         
         


そして、
ブルマァク製。
向かって左側がスタンダードサイズ(全長約23センチ)、右側がミニサイズ(全長約10センチ)。

         


・・・いかがです?
甘くて懐かしい匂い、感じ取れませんか?



      これは、
昭和55年〜昭和57年頃に
円谷エンタープライズという会社が発売した、
ブルマァク製スタンダードサイズの復刻品。
全長約23センチ。

現在でも、
こういった復刻ソフビは製造され流通しているが、
そのドサクサに紛れて、
無許可でコピーされた贋物が詐欺目的で出回っているようである。
哀しい話だ。

でも、
それは別に今に始まった話ではなく、
昔から “海賊版ソフビ” というものは存在した。
僕の中では、
子供たちが熱狂した怪獣ブームの “落とし子” である昔の海賊版と、
子供不在の次元によるお宝ブームの “落とし子” である現在出回っている贋物には、
自分自身の思い入れとして、はっきり線引きがされているので、
昔の海賊版はコレクションの対象として愛し、
現在の贋物は嫌悪しているが、
客観的に見れば、
両者とも、
違法は違法なのだし、ニセモノはニセモノであろう。
それに、
骨董品に贋物は付き物。
マルサンやブルマァクのソフビ怪獣人形に
1体何百万円というプレミアがついてしまった現在では、当然起こりうる事態なのである。
人間の考える事、人間のする事は、哀しいものなのだ。

ただ、
その人形がホンモノかニセモノかは、
匂いを嗅げば、
すぐさま正体見たり。
先述したように、現在のソフビは無臭に近いものなので、
昭和ソフビ独特の甘く懐かしい匂いまでは、再現出来ないからである。
形や色は同じでも、匂いだけは明らかに異なるのだ。

う〜ん、
将来、愚かな人間が自分たちのニセモノを作るであろう事を見越して、
絶対に真似出来ない特長をそっと身につけておくとは、
昔のソフビ怪獣人形、って、
つくづく優秀な玩具だなぁ・・・(笑)。



同じ “におい” でも、
人間が発するものは “臭い” で、
ソフビ怪獣人形が発するものは “匂い”。
ちょっと情けない気もするが、この区別には妙に納得出来てしまう。

苦い臭いを発する我々人間を、
甘い匂いで慰め癒してくれるソフビ怪獣人形・・・、
世の中に、
こんなにもロマンティックなオモチャは、やっぱりほかにはない。




ところで、
嘘か本当か “加齢臭は耳の後ろや首の後ろから出る” なる情報を得たので、
最近、僕は、
お風呂で、耳の後ろと首の後ろを、これでもかというくらいゴシゴシ洗っている。
子供の頃、
男の先生の加齢臭が付着したお面の内側をゴシゴシ洗っていた時のように・・・。

そのため、
耳の後ろと首の後ろが、ヒリヒリ痛い(笑)。




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