真水稔生の『ソフビ大好き!』



第7回「妖怪のように美しく」 2003.5

僕が唯一両親と一緒に観た思い出の映画、
それは、
大映の『東海道お化け道中』。

怪獣大好き少年だった僕(今でもそうだが(笑))は、
ゴジラシリーズやガメラシリーズなどの怪獣映画に連れて行ってもらう事を
いつも両親にねだっていたが、
父親は日曜日も休まず働いていたので、
僕の人格形成にも一役支う事になる怪獣たちの雄叫びを
僕と一緒にスクリーンを通して体感するのは、
いつもきまって母親だった。

でも、
どういうわけか、
たった一度だけ父親も一緒に怪獣映画につきあってくれた事があり、
その時だけ、親子3人で怪獣映画を観る事が出来た。

その映画が、
『ガメラ対大悪獣ギロン』で、
冒頭で述べた『東海道お化け道中』は、その併映作品であった。

なにしろ、今から30年以上前の、
幼稚園に通っていた頃の思い出なので、
かなり記憶が薄れてしまっているが、
今でも鮮明に憶えているのが、この時の父親のとった言動である。
父親は、
僕らのガメラがスクリーンに登場するや否や、なんと「ケッ」と一瞥し、

 「ただのぬいぐるみだがや、こんなモン!」

と吐き捨てた。

・・・ただのぬいぐるみ、
確かにそうかもしれないが、僕は傷ついた。
大人とは素直に夢見る事が出来ない生き物だ、という事を、なんとなく子供心に感じた。

しかも父親はその直後、
 
 「とろくさて、こんなモン見とれん!」

とまで言い放ち、
そそくさと映画館から出ていってしまった。

で、近くのパチンコ屋で時間をつぶし、ガメラにギロンがやられる頃に、

 「まんだ終われへんのか?」

などと言いながら戻ってきた。・・・なんという心貧しき行為(嘆)。
(って言うか、なんで映画館を自由に出入り出来たのだろう?大らかな時代だったンだなぁ。)

そんな父親だが、
『東海道お化け道中』の方は最初から最後まで一緒に観てくれた。
ガメラを馬鹿にした父親が最後まで観ていた事で、
幼い僕は、妖怪は大人にも通用する高レベルなモンスター、という認識を強烈に持った。

その映画から数日後、
僕は “うしおに” という妖怪のプラモデルを買ってもらったが、
絵だったか写真だったか、
パッケージのうしおにをジッと見つめて、
「カッコいい、カッコいい!」と店先で何度もつぶやいていた記憶がある。

僕は明らかに、
怪獣よりも妖怪を、心の中で高く位置付けるようになってしまったのである。

『ガメラ対大悪獣ギロン』もとってもおもしろい映画だったけど、
今述べたような理由で、
併映の『東海道お化け道中』が、生涯忘れられない映画になったのだ。

妖怪が好き、
妖怪の存在を信じたい、
そんな気持ちに僕がいまだにこだわるのは、
妖怪の映画を両親と観た、という思い出を大切にしたいからなのかもしれない。


御存知とは思うが、
この『東海道お化け道中』は、
『妖怪百物語』、『妖怪大戦争』と並ぶ、大映特撮妖怪映画3部作のひとつである。

この3本の映画や、
『ゲゲゲの鬼太郎』や『河童の三平 妖怪大作戦』などといったテレビ番組のおかげで、
僕らの世代にとって、
妖怪はただ恐いだけではなく、
憧れや興味の対象として、胸に深く植え付けられている。

あんな無気味なものなのに、
妖怪を嫌う者は僕らの世代にはあまりいないように思う。

ひとつ間違えば、
たたりで命まで落としかねないのに、
妖怪の話をすると、なんだかとても楽しい。元気が出る。
それは、
僕らの世代独特の感性ではないだろうか。

けど、それは正しい。
元来、妖怪というものは、
自然や人間の命に対する優しさの表現というか象徴であり、愛すべきものなのだから。

水木しげる先生が
戦争中にニューギニアのジャングルの中でぬりかべと遭遇したエピソードは有名だけど、
水木しげる先生以外にも、
様々な人が様々な時と場所で妖怪を体感しているはずだから、
もっといろんな妖怪体験談を僕は知りたい。

哀しいかな僕には霊感のようなものが一切無いので、
いくら妖怪が好きで妖怪に会いたいと思っていても、駄目。
だから、
妖怪と遭遇した人の話を聞いたり読んだりして、大好きな妖怪を感じたいのである。

ちなみに、
妖怪、っていうのは、“見るもの” ではなくて、“感じるもの” らしい。

 「実体は無く、人間の神経組織、大脳の中が、妖怪の棲家だ」

と説く人もいれば、

 「別の次元に存在する」

と解釈する人もいる。

どちらにせよ、
感受性が豊かで心が純粋であればあるほど、妖怪を感じる可能性は高くなるのではないだろうか。

しかし、
秒刻みの慌ただしさの中で生きる現代社会人には、
とても妖怪を感じるような心の余裕はない。

例えば、
煙羅煙羅(または煙々羅)という妖怪。
これは、
農家のかまどや焚き火などから出る煙の中に潜み、
気流の関係でなかなか消えない煙を
人の顔や怪しい獣などの形にして見せる、といった妖怪だが、
煙をぼんやり眺める気持ちや時間が無い限り、
絶対に感じる事は出来ない。

せっかく少年時代に
大映の映画や水木しげる先生の漫画が妖怪の素晴らしさを教えてくれたのに、
人はそれを馬鹿げたものとして頭から否定する事で、
大人になったと錯覚しているような気がする。

僕は大いに反発したい。

嘲笑する人もいるかもしれないが、
人間の五感でははっきりとつかめない存在が、この地球上には必ずいると僕は思う。
脳の中だろうが異次元だろうが、妖怪は僕らの近くに必ずにいる。
地球の成立ちや人間の生命は、神秘的なものなのだ。

川のほとりを歩けば川赤児や小豆洗いを、
山道を行けば山童や烏天狗を、
海に遊べば浪小僧や海ぺろりんを、
部屋の中では天井なめや座敷わらしを、
僕は感じたい。
妖怪を感じる事が出来るような、優しい感性を持ちたいものだ。
 

そんな思いから、
僕は妖怪のソフビ人形も愛してやまない。

大映の映画に出てくる妖怪たちのソフビ人形は、
日東科学教材というメーカーが昭和43年に世に送り出した。
その素敵なラインナップは、
油すまし、からかさ、うしおに、一つ目小僧、一角大王の計5体。

当時僕は、一角大王以外の4体を持っていた。
1個200円の廉価版人形とはいえ、
長屋の、3畳と4畳半の二間で家族3人が暮らす、決して裕福ではなかった家庭で、
4体も妖怪人形を買ってもらうのは容易な事ではなかった。
少々納得のいかない事でも両親の言う事には絶対従ったし、お手伝いもすすんでした。
“良い子” でいる事にかなり神経をつかった。
また、
僕がどれほど妖怪が好きか、どれほどソフビ怪獣人形が欲しいか、を
普段の会話に意識的に取り入れ、
しつこくアピールした事を憶えている。

それほど妖怪が好きだった。欲しかったのだ。

だから、
コレクターになってこの妖怪人形を一体一体入手し直していく事は、
両親との大切な思い出を
しっかりと心の中に甦らせる素敵な作業だったので、すごく感動的だった。

今思えば、
河童や雲外鏡やぬらりひょんなど、商品化してほしかった妖怪はほかにもたくさんあるけど、
大好きな妖怪を
たとえ5種類とはいえソフビ怪獣人形にしてくれたメーカーには、素直に感謝したい。

妖怪のソフビ人形は、
いつも僕に

 「優しい気持ちで生きてるか?」

って語りかけているように思う。
そんな人形と一緒にいられる生活は、とても幸せなものである。


油すまし
 
  『妖怪大戦争』では、
 異国の吸血妖怪ダイモンと戦う日本妖怪軍団の
 リーダー格的存在として描かれ、
 まさに妖怪界のヒーローだった。
 僕が最も好きな妖怪である。
 人形はどう見ても、
 実物同様に杖を右手に持っているポーズなのだが、
 別パーツで杖がついていたわけでもなく、
 このポーズの主旨は不明。
 だが、顔の表情は実物の特徴をよくとらえていて、
 とても魅力的である。
 
 高校一年生の時、或る日、
 仲の良かったクラスメイトに、
  「お前、油すましに似てるな」
 と言われて、とても嬉しかった憶えがある。
 たぶん目が似ているのだと思うけど、
 当時僕は野球部で坊主頭にしてたから
 余計似ていたのだろう。
 化け物に似てる、と言われて喜ぶなんて
 おかしな話だが、僕は今でも、
 自分の顔が油すましの顔に似ている事に
 誇りを持っている(笑)。

からかさ

 
 頭頂部に通されているゴムを持って
 ピョンピョン飛び跳ねさせると、
 『妖怪百物語』で、からかさ が
 ルーキー新一氏演ずる新吉と遊ぶシーンが
 再現出来て楽しい。
 僕は或るTOYショーで
 袋入りのデッドストックを購入したのだが、
 人形と一緒に駄菓子が袋の中に入っていた。
 当時はそんな売られ方もしていたようだ。

 子供の頃テレビを見てたら、コント55号の番組で、
 からかさが突然現われ、
 車だん吉さんを追いかけまわしていた。
 それからというもの、僕はからかさ見たさに
 毎週そのコント55号の番組にチャンネルを
 合わせたが、
 それ以降からかさは一度も姿を現さなかった。
 今にして思えば、
 お化けが出てくるコントの回を
 たまたま見ただけの事だろうけど、
 この番組を見ていれば、
 またからかさに会えるのではないかと思い、
 幼い僕は胸をときめかせながら、
 ブラウン管の前に座っていたのだった。

うしおに
 

 映画に登場したうしおには、
 “地獄の怪獣”という設定で、このように
 三つ目で獅子舞のような容姿をしていた。
 江戸時代の絵師・鳥山石燕も
 『画図百鬼夜行』に描いてる、
 頭が牛で体が土蜘蛛のような姿の、
 いわゆる“牛鬼”とは全く異なる。
 まァ、そもそも妖怪に決まった形や姿などは
 無いのだから、たいした問題ではないが。
 人形は、悪人を制裁する妖怪とは思えぬほど、
 可愛らしいデフォルメ造形になっている。
 僕は、こういう当時独特の造形を見る度に、
 まるでショパンの『ノクターン第2番』でも
 聴いているような、
 とても穏やかな気持ちになる。

 新婚当時、妻が或るアンティークTOYショップで
 この人形を購入し、
 バレンタインにプレゼントしてくれた。
 チョコレートよりも甘い思い出だが、
 そんな優しい妻も
 今では僕から去っていってしまった。
 頼りない夫だったから、
 妖怪のたたりで罰があたったのだろうか(苦笑)。

一つ目小僧

 
 “妖怪は元々は神であった”とは、
 民俗学者・折口信夫氏の説。
 お化けと言えば
 “一つ目”というイメージがあるが、
 昔は、「片目の者でなければ
 神の霊智を映し出し得ない」として、
 神官がわざと片目を潰して祭式を執り行う、
 という風習があったらしく、
 この一つ目小僧こそ、まさに、
 神が零落した姿、なのかもしれない。
 子供の頃読んだ少年雑誌に、
 “一つ目小僧は、
 片方の目をフライパンで焼いて食べるために
 ポケットにしまっているから、一つ目なのだ”
 と書いてあった。更に、
 “ろくろ首の首が長いのは
 チューインガムを吐き出さずに
 たくさん飲み込んでしまったから”
 とも書いてあった。
 ・・・子供だましにも程がある。
 妖怪を馬鹿にしてはいけない。
 きっと、この雑誌の編集者には
 何らかのたたりがあったであろう(笑)。

 映画に出てきた一つ目小僧は、
 少年のような風貌だったが、
 人形の方は、どう見てもオッサン顔である。
 薄く吹き付けた頭部の塗装が妙にリアル。

一角大王


 スクリーン狭しとばかりに飛び回り、
 怪力と俊敏な動きで迫力満点の立ち回りを
 演じる戦闘型妖怪の人形らしく、
 躍動感たっぷりの造形に仕上がっていて、
 カッコいい。
 子供の時唯一持ってなかった妖怪人形なので、
 コレクターとなって
 初めて手に入れる事が出来た時は、
 長年の夢をようやく果たせたような気がして、
 興奮した。
 からかさや一つ目小僧のような
 日本古来の妖怪なら、
 郷土玩具を探せば、ソフビ以外の人形も
 見つける事が出来るかもしれないが、
 一角大王の人形となると、
 日東科学教材が出したこの人形のみであろう。
 貴重な存在だ。

 顔が似ているので、青坊主とは兄弟だ、 と
 子供の頃勝手に思い込んでいた。
  “大王” という名、デカい角、恐い顔、
 強そうな体格・・・、
 男の子なら誰でもそのたくましさに
 純粋に憧れる、スター的存在の妖怪だった。

妖怪には悪意というものがない。
「妖怪に興味が無い」とか「妖怪が嫌いだ」とかいう人たちが、最も見落としている真実である。

妖怪は人間のように薄汚れていないから、美しい。
僕はそこに惹かれる。
妖怪の一番の魅力は “美しさ” なのである。

僕は人間だから妖怪のように美しくはなれない。だけど、美しくなろうと努力する事は出来る。
きれいな心でいたい。優しい気持ちでいたい。
出来るだけ、
妖怪に近い人間でいたいのだ。

『東海道お化け道中』を僕と一緒に映画館で観た両親は、もうこの世にはいない。
だけど、
僕がそういう心がけで精一杯生きていく事を願って、きっとどこかで見守ってくれている事だろう。


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