真水稔生の『ソフビ大好き!』


第191回 「メリー、ゴロザウルス!」 2019.12

サンタクロースが親である事を知ったのは、いつだったろう・・・。

幼い頃、
毎年、12月も半ばに近づくと、
母親が、

 「クリスマスプレゼント、サンタさんに何をお願いするの?」

と聞いてきて、
その際に僕の答えたオモチャが
クリスマスの朝になると枕元に置いてあったので、
なんとなく、薄々、

 そうじゃないかな?

とは、
感づいていましたが、
なんたって穢れ無き子供ですから、

 「サンタさんに願いが通じたンだよ」

と言われれば、それを素直に受け入れていました。

でも、

 いよいよ怪しいな、

と思ったのは、
僕が6歳の時ですから、昭和45年の12月。

三畳と四畳半の二間しかなかった当時の我が家に
もうすぐ小学1年生という事で学習机がやってきた頃だったので、
その、窮屈だけどなんだか明るいムードの新鮮な風景とともに、よく憶えているのです。

クリスマスが近づいてきた或る日、
母親が、例によって、

 「クリスマスプレゼント、サンタさんに何をお願いするの?」

と、聞いてきました。

僕はクリスマスもなにも、ずっとずっとゴモラのソフビが欲しかったので、

 「ゴモラ!」

と即答したのですが、
ゴモラなんて知らない母親には、それだけでは通じず、

 「今度、どれの事か教えて」

と言われ、
母親が買い物に行く時についていって、オモチャ屋さんで教える事になりました。

もう、この時点でバレバレなンですけどね。
だって、
プレゼントをくれるのはサンタクロースであって、
関係無い母親が、そこまでして “ゴモラ” を知る必要は無いのですから(笑)。

で、確か翌日、
母親に “ゴモラ” を教えるため、
買い物の帰りに商店街のオモチャ屋さんに寄ったのですが、
残念ながら、ゴモラのソフビは品切れ状態で、そのお店にはありませんでした。
                                     
でも、
欲しいソフビ怪獣は、
もちろんゴモラだけではありませんし、
店内にはいろんなソフビ怪獣が吊るされていたので、
僕は、その中から、
なんとなく目に留まったゴロザウルスのソフビを指差し、

 「あれでもいい」

と言いました。
母親は、

 「あの水色のヤツ?」

と確認していました。 
 
・・・で、
クリスマスの朝、
目が覚めて枕元を見ると、そのゴロザウルスのソフビが置いてあったのです。

 いやいやいや、おかしいでしょ・・・。

僕は、心の中でではありますが、人生で初めて “ツッコミ” を入れました(笑)。

サンタさんには、

 「ゴモラが欲しい」、「ゴモラを下さい」、

としかお願いしていないのに
なんで、
母親だけが知っている “ゴロザウルスでもいい” という情報が伝わっているのか・・・。

思い出す度に、笑ってしまいます。

それでも、
母親は自分が買ってきた事を認めず、
すっとぼけて、

 「よかったね」 「サンタさん、すごいね」

なんて言ってるものだから、
僕は、

 サンタクロースは、
 トナカイが引くソリに乗って夜空を飛んでやってきて、
 煙突の無い我が家には、壁をすり抜けて入ってくるような人だから、
 きっと、神通力みたいなもので、
 僕と母親のオモチャ屋さんでのやりとりや
 僕の心の中なんかも全て見抜いて、
 品切れのゴモラ人形の代わりに、
 ちゃんと、ゴロザウルス人形を選んできてくれたのだろう・・・、

って解釈・納得をして、
引き続きサンタクロースの存在を信じる事にしたのを憶えています。

神通力が使えるのなら、
ゴモラのソフビくらい、どっかで調達出来るだろうにね(笑)。


でも、まぁ、なんか、
自分で言うのも何ですが、
いかにも “僕の子供時代” だなぁ・・・、って思いますね。
だって、
そんな状況においても、まだサンタクロースの存在を信じようとするのは、

 意地でも夢見て生きてやる、

っていう、僕の人生の方針そのものですから。

何十年と生きていろんな経験をした結果、そういう方針に辿り着いたのではなく、
生まれつき、
無理をしてでも夢見て生きようとする性分だったンですね、僕は。

あぁ、そうそう、
その日の夜か翌日の夜だったか、
仕事から帰宅した父親が、
クリスマスプレゼントだ、っていって、突然、ガバラのソフビを買ってきてくれたので、
めちゃくちゃ嬉しかったのと同時に、

 やっぱり、親とは別にサンタクロースはいる・・・、

って、夢を見ようとする気持ちをアシストしてくれたンでした。
そうだ、そうだ、そうだった。

・・・でも、
クリスマスに、
枕元のプレゼントとは別に父親がオモチャを買ってきてくれるなんて、
後にも先にもその1回きりでしたし、
僕がソフビ怪獣人形の何を持っていて何を持っていないか、なんて、
母親以上に把握していなかった父親が、
なんで、ノーヒントでガバラをチョイス出来たのかも謎ですし、
考えたら、不思議な出来事でした。

父親の気まぐれがたまたまヒットしただけか、
それとも、
サンタの正体がバレそうだと感じた母親が、
サンタと親は別である事を印象付けるために、急遽、内緒で父親に頼んだのか・・・(笑)。

まぁ、何にせよ、
あの時点では、まだ、
僕はサンタクロースの存在を信じていたのです。

その後、
年が明けて春が来れば、先述の通り小学生でしたから、
クラスメイトや上級生たちとの接触によって情報量も増え、
いろんな事がわかってきて、
サンタクロースは親である、と自分の中でしっかり断定するに至るまで、
そんなに時間はかからなかったと思いますが、
それがいつだったかをはっきりと憶えていないのは、
おそらく、
その断定が、自分にとってどーでもいい出来事だったからでしょう。
だって、
断定前と断定後では、明らかに断定前の方が “世界” は楽しかったですから。

そんな実感も、

 人生は夢見て生きるべし、

という観念を、更に強く、僕に植え付けていったンだと思います。



・・・あぁ、
なんか、いろいろ思い出してたら、気持ちがじわ~っと温かくなってきました。

やっぱ、過去を振り返るのは、良い事ですね。
その記憶にある出来事のひとつひとつに、
人生において “意味” があった事が解かるので、
この世に生を享けた事に喜びと感謝の気持ちが、改めて湧いてきますから。


では、最後に、
もうひとつ、思い出話を・・・。

これは、子供の頃でなく、
もう、大人になってからの話ですが、
今から25年前、僕がサラリーマンだった時の事。

経理を担当していた関係で、
会社の顧問税理士の先生とよく食事をしていたのですが、
その際、
僕と同年齢の先生だった事もあって、子供の頃の思い出話に花が咲き、
たぶん年末だったからか、
クリスマスプレゼントの話題になった事があったのです。

なんと、偶然にも、
その先生も、

 小学校にあがる直前のクリスマスで、サンタは親である事に気づいた、

っていう経験をお持ちで、

 「僕と同じですね」

なんて言って笑い合ったのですが、
少しだけ違っていたのは、
それでもサンタクロースの存在を信じようとした僕に対し、
その先生は、そこで完全に夢を断ち切った事。

なんでも、
めっちゃ厳しい教育ママさんだったそうで、
先生はサンタさんに、

 「サンダーバードのプラモデルが欲しい」

と、ずっとお願いしていたにもかかわらず、
クリスマスの朝、起きて、枕元に置いてあったプレゼントは、

 “かずのおけいこ(オモチャの時計やオモチャのお金などが入った教材セット)”

だったそうで、

 こんなものをサンタさんがプレゼントするはずがない、
 どう考えても、教育ママである母親の仕業だ、

って確信し、
一瞬で冷めた、との事でした。

まぁ、就学直前ですし、
それも “親の愛” だったンでしょうけど、
神様キリスト様に誓って嬉しくないですからね、そんなクリスマスプレゼントは(笑)。
心中お察しします、って感じです。

でも、結果、
そうやって育てられた息子は、
税理士という職に就き、“先生” なんて呼ばれる立派な大人になったのですから、
素晴らしい事だとも思いました。

就学前の最後のクリスマスプレゼントが、

 ゴロザウルスのソフビだった僕は
          ソフビコレクターに・・・、
 “かずのおけいこ” だった先生は
          いわば数字を扱う仕事である税理士に・・・、

って、なんか、

 将来を暗示していたのか、
 あるいは、そこで将来が決まったのか・・・、

なんて考えると、面白いですよね。

まぁ、そのどちらでもなく、たまたまなんでしょうけど(笑)。

ただ、
断言出来るのは、

 僕は、
 あの時のクリスマスプレゼントがゴロザウルスのソフビで、
 よかったぁ~、

って事です。

だって、
たとえそれが “かずのおけいこ” だったとしても、
税理士の先生のような立派な大人には僕はなれなかっただろうし、
怪獣の名前や形なんて全くわからないのに、
僕が指差したゴロザウルスのソフビを
ちゃんと “水色のヤツ” って憶えておいてくれた母親のやさしさが、大好きだから。

それに、
ゴモラじゃなかった事に人生初の “ツッコミ” を入れた事で
思い出が印象強く心に残り、そのやさしさをずっと忘れずにもいられましたしね。

僕がソフビ怪獣を愛する情熱の根底には、
そんな母親のやさしさへの感謝が、あるのかもしれません・・・。 

ゴロザウルス マルサン製、全長約20センチ。

鱗のような全身の皮膚、
喉元やお腹まわりのたるみ、
お茶目な舌、
うねった尻尾・・・、
マルサンの粋で精力的な “表現” が、
これでもか、と言わんばかりに発揮されたソフビです。最高!

そして、その妙味は、
幼い日のクリスマスの思い出を、
甘く、美しく、温かく、この胸に甦らせてくれるのです。
  昭和45年のクリスマスですから、
オモチャ屋の店頭に並んでいたのは、
このマルサン版ではなく、
ブルマァク版(マルサンの型を流用して、足の裏にブルマァクの刻印を入れたもの)でないと
おかしい気がするのですが、
僕が買ってもらったゴロザウルス人形には、無かったンですよねぇ、ブルマァクの刻印・・・。
  マルサンの商品が店頭に売れ残っていたのか、
あるいは、
ブルマァクがマルサンの売れ残りをそのまま売っていたのか、
今となっては判りませんが、
まぁ、どちらにせよ、
あの時のクリスマスプレゼントは、
この、マルサンのゴロザウルス人形、だったわけです。

   
  ソフビのコレクションを始めた31年前の夏、
初めて出かけた東京(下北沢)のアンティーク・トイ・ショップでこれを見た時、
懐かしくて、嬉しくて、切なくて、取り乱しそうになりました(苦笑)。
もちろん、即、購入。
思い出と一緒に抱きしめた次第です。
   
実物のゴロザウルスの体色とは異なりますが、
水色は、
僕にとって、
やっぱり、当然、絶対、ゴロザウルスの色。

そして、同時に、
クリスマスの思い出の色。

母親への感謝が、素直に甦る色・・・、なのであります。 
 
・・・あ、
なんか、母親、母親・・・、って、
母親にしか感謝していないみたいですけど、
父親にも、
ちゃんと感謝していますからね、僕は。
あの世でスネるといけないので、明記しておきます(笑)。

父親は、
先述したようにガバラのソフビを買ってきてもくれたし、
そもそもゴロザウルスのソフビだって、出資者(笑)は父親ですからね。
幸せな事です、ホント。

お父さん・お母さん・・・いや、サンタさん(笑)、どうもありがとう。 一生、忘れないよ。

メリー、クリスマス。



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