真水稔生の『ソフビ大好き!』


第178回 「憧れの人」  2018.11


網膜剥離になってしまいました。
別に、
目をどこかにぶつけたわけでも、誰かに殴られたわけでもないのですが、
急に左目が、曇りガラス越しのように見え出しまして、

 ん?
 なんか、おかしいなぁ、
 疲れてるのかなぁ・・・、

なんて思ってたら、
翌朝、
その曇りガラスが更に曇って、
もう、視界の半分が見えなくなってしまっていたので、慌てて病院へ。
そしたら、

 「これはいかん!」

とドクターに言われ、
即手術、そのまま入院、となった次第です。

なんでも、
人間の眼球の中は、
硝子体(しょうしたい)というゼリーのような物質で満たされていて、
それが加齢に伴い、少しずつ水分に分離していくそうで、
その際に、網膜を引っ張って剥がしてしまう事があり、
僕の場合はまさにそれ、との事。

つまり、
“老化” と、
加えて “運が悪い” というのが、原因だそうです。

・・・気持ちが腐ります。

だって、
“老化” はともかく、
“運が悪い” って何ですか、“運が悪い”って・・・。

“体が資本”・・・、
いや、
“体だけが資本” な職業柄、
栄養のバランスがとれた食事を常に心がけ、
適度な運動を欠かさず、
睡眠はしっかりと取り・・・、
健康管理には充分気を遣って生活しているのに、
そんなの一切関係無く、
“運が悪い” なんていう理由で、
こんなにもあっさり、
いとも簡単に病気になって手術・入院で身動き取れなくなってしまうのでは、
どうしようもありませんから。

やってられませんよ、まったく。


・・・と言いつつ、
暢気にこんなエッセイを書いているのも事実(苦笑)。
なので、

 たいした事ないだろう、

と思う人もいるかもしれませんが、そんな事はありません。

大変なンです、マジで。

まず、
術後2週間は絶対安静で、
極力、下を向いて生活しなければなりませんし(就寝時も、もちろんうつ伏せ)、
眼帯が取れてからも、
ものが歪んで見える状態が半年以上も続くそうで、
まったくもって、
苦しく悩ましい事態なのです。

では、なぜ、
そんな状況の中で
気持ちが腐りながらも
「ソフビ大好き!」なんて言って笑っていられるのか・・・。

それには、理由があります。


事は、
いちばん最初の
ドクターとのやりとりに、遡ります。

“網膜剥離” と診断され、これから手術となった際、
ドクターに、

 「いっしょに白内障の手術もしますね」

と言われたンです。

“え?” ってなって、

 「白内障も患ってるンですか?僕は」

って、ビビりながら聞いたら、

 「いいえ」

という答えでしたので、
更に “え?” 。

 ・・・まさか、
 網膜剥離になったのをいい事に、僕の目を何かの実験台にするつもりでは・・・?

と思い、動揺してしまいました(笑)。

理由を訊ねたら、

 僕の年齢で網膜剥離の手術をすると、
 95%の確率で、後から白内障を発症するそうで、
 それを未然に防ぐための処置、

との事で、
もう、つくづく、

 歳を取ると、いろいろ面倒だなぁ・・・、

って実感し、ため息が出ました。

“老化” と “運が悪い”、というダブルパンチを喰らわされたところへ、
もう一度 “老化” を思い知らされるトドメの一撃、
ですからね。

いつまでたっても10代の脳に、

 「いい加減、気づけよ」
 
 「潔く、認めろよ」

って体がメッセージを送っているのでしょう。


でも、
負けませんでしたね、僕の脳は。

というのも、
その白内障の手術で、

 眼内の水晶体を人工レンズに置換する、

と聞き、
その瞬間、

 改造人間になる!

って胸がときめいたからです(笑)。

決して、
笑い事でも胸がときめく事でもないのですが、
本当に、そう思ってテンションが上がっちゃったンですよねぇ・・・。

そこで、ふと、数年前の出来事を思い出しました。
それは、
僕と同い年の或る知人が、
腰痛を患い、手術・入院したので、お見舞いに行った時の事なのですが、
病室のベッドで、その知人が、

 「おい、俺、改造人間になれたてェ!
  脊椎に金属(たぶん、プレートかネジの類)が入ったンだわ~!」

と、
めちゃくちゃ嬉しそうに言うのを見て、
元気そうで安心したのと同時に、

 この人、アホちゃうか?

って思ったのです。

本当に “アホちゃうか?” って思い、
嘲っていたのですが、
このたび、
水晶体が人工レンズになるだけで、
全く同じ “喜び” を僕も覚えた(それも瞬間的に)わけで、
その知人の気持ちが、今になってリアルに解かり、

 あぁ、そうかぁ、なるほどなぁ・・・、

なんて、苦笑いしながら納得しています。


・・・もう、お気づきでしょうけど、
そうなンです。
これ、完全に、『仮面ライダー』の影響なンですよね。

昭和40年代半ば、

 “改造手術”・“改造人間”

というワードを
『仮面ライダー』がロマンたっぷりに浸透させてくれたおかげで、
僕らの世代の人間は、
人工物によって身体機能の補助や強化が図られる事に、
なにやら “甘美なカッコよさ” みたいなものを、覚えてしまうのです。

特別な能力や強さを持つ身になる手段・方法が、
“魔法” や “超能力” ではなく、
“手術” という現実的なものだっただけに、
それを鮮烈に受け止めたンですよね、あの頃のピュアな幼心が。

ダウンタウンの松本さん(僕の1歳上)も、
以前、『ワイドナショー』の中で、

 「子供の頃、
  ショッカーに拉致されて “改造されたい”、
  って真剣に思ってた」

なんて、おっしゃってましたし・・・。

生命と機械の融合に胸が踊る・・・、
そんな感覚・習性が、
強く根深く、植えつけられている世代なわけです、僕らは。

・・・まぁ、
眼球に人工レンズを入れる事も
脊椎に金属プレートを入れる事も、
あくまでも治療であって、
別に、それによって超人的な凄い能力が備わるわけではないのですが(笑)、
『仮面ライダー』が幼い心に与えてくれた “夢” が、
無邪気で逞しい想像力を
何年経っても呼び起こしてくれるのでしょう。

傍から見れば “アホちゃうか?” でも、
病気で手術、って際に、
本気で喜べて気持ちが元気になれるわけですから、
もう、ホント、
人生で何回思って、
この『ソフビ大好き!』の中でも何度述べたかわかりませんが、

 “仮面ライダー” 世代で良かったぁ~、

と、全身全霊で感じています。


・・・あ、そうそう、
それに関連した話で、
ちょっと前に、
この『ソフビ大好き』を読んでくれた後輩に、

 「真水さん、あの “オチ” の意味が、イマイチ解かりません」

と言われた事がありました。

それは、
第151回「タメ口利くヤツを倒せ!」のラストで、
キノコモルグみたいな怪人になってライダーキックを浴びる事を、
僕が「ちょっと羨ましい」と述べた事について、です。

まぁ、べつに、
“オチ” というほどの事でもないですが(汗)、
どうやら、

 憧れる対象が “仮面ライダー” ではなく “怪人” 、

っていう感覚が、
僕よりも10歳近く年下のその後輩には、ピンと来なかったようです。

改めて、
敵役の怪獣・怪人を
正義のヒーローと同等(あるいはそれ以上)に愛するのは、
僕らの世代独特の感覚である事を痛感したと同時に、

 いい時代に子供でいられたなぁ・・・、

って強く思いましたね。

ゴジラ、という絶対的な存在に、
Q、マン、セブンに出てきたウルトラ怪獣たち、
そしてショッカー怪人・・・、
僕らが子供の頃に出逢った、
その異形なる者たちは、みんな、
怖くて美しくて哀しくて、実に素敵な存在だったンです。

半世紀という
とてつもなく長い時間が経過した今日に至っても、
それらは、
後発の追随を一切許さず、不滅の価値を有して輝き続けているのですから、
デザイン・造形においても、
背負わされたストーリーにおいても、
いかに優れたキャラクターたちであったか、が解かりますよね。
たとえ敵役・悪者でも、
魅了されて当然、感情移入してしまって当然、だったンです。

特に、
ショッカー怪人は、

 怪獣の持つ、獰猛な力強さと迫力ある重量感、
 宇宙人(等身大の星人)の持つ、超越した知能の高さとスマートな存在感、
 妖怪の持つ、生々しい不気味さと生理的な恐怖感、
 ロボットの持つ、科学的なカッコよさと未来感、

という
既存のモンスターたちの特性と魅力を
全て兼ね備えた “スーパーエネミー” でしたので、
圧倒的で、魅惑的で、
それはそれは凄まじいインパクトを、幼心に与えてくれました。

 「我らの仮面ライダーを狙うショッカー本部が送った次なる使者は・・・」

って、
次週登場する怪人が紹介される予告編ナレーションの軽快さと緊張感、
あのシビれるようなトキメキ・・・、
忘れられません。

子供だったからこそ感じ取れる “美”、
純真だったからこそ見つけられる “心の宝” が、
ショッカー怪人にはあったのです。

あの頃あの時代を子供として生きていないと、
そこが実感出来ていない分、
悪者である怪人に憧れるなんて感覚は、理解出来ないかもしれませんね。

なんたって、

 “ヒーローブーム”

じゃなくて、

 “怪獣ブーム”・“変身ブーム”

って呼称がついた時代なンですから、
子供たちは、
ヒーローに憧れる前に、まず、異形な者に憧れたンです。

ゆえに、

 仮面ライダーになれなくても、
 怪人でもいいから、改造人間になりたい、

というのは、
僕(僕ら)に言わせれば、当たり前の感覚。

キノコモルグに限らず、
ピラザウルスとかエイキングとか
ジャガーマンとかカブトロングとか、
ライダーを苦しめたカッコいい強敵には、心底、シビレてましたから、ホント。
さすがに、
ゴキブリ男やミミズ男には、なりたいと思いませんでしたけど・・・(笑)。


  ジャガーマン

地獄大使配下の、第1号怪人。
その特別感が、
“ジャガー” という猛獣がモチーフである事や
“○○マン” というヒーローのようなネーミングとともに、
“カッコいい怪人” として、
僕ら当時の子供たちの胸に熱く焼き付けられました。

また、
ライダーと同じようにオートバイを乗りこなすゆえ、
ライディングギアとしてか、
肩から胸に装着している鉄製プロテクターのようなものも、
なんだか洒落てて魅力的に見えましたし、
ライダーを処刑するはずだった磔台で自らが息絶える、
そんな壮絶かつ哀愁たっぷりな死に様も、
強烈な印象を残しました。 
  このソフビは、
平成12年に発売されたバンダイ製の食玩ソフビで、全長約10センチ。
“仮面ライダー対決セット” という商品名で、新1号のソフビとセット売りでした。

“カッコいい怪人” というと、すぐさま名前が出てくるような怪人ですから、
平成ソフビであるがゆえのリアルな造形・彩色が、よく似合います。


  こちらは、
怪人に憧れた僕らの世代でも
これに改造されるのは勘弁してほしい(笑)代表格のゴキブリ男の人形ゆえ、
ジャガーマン人形とは逆に、
リアルさは追求されていない、ほのぼのとした “味” が魅力の昭和ソフビの造形が、似合ってます。  
ポピー製で、全長約11センチ。 
『仮面ライダー』放映時の商品です。  
                “ゴキブリの化け物” などという、
人間に恐怖と嫌悪しか与えないものを、
こんなにも可愛らしく表現してしまうセンスと技術(笑)、
改めて感服です。
つくづく、しみじみ、いい時代でした。


この人形を
当時も買ってもらって持っていたし、
ゴキブリ男は、好きな怪人の1人ではあったのですが、
なんたってゴキブリだし、
ショッカー怪人の最後の見せ場である死に様も、
ダンディズムさえ感じられるジャガーマンのそれとは異なり、
元の人間の姿に戻って、
殺虫剤をかけられたゴキブリよろしく
仰向けになって足をバタバタさせて御臨終、という、
ギャグみたいなものでしたしたので、
決してカッコいいとは思いませんでした。

そりゃあ、イヤですよね、自分がなるのは、やっぱ(笑)。


こんな具合に、
なりたいヤツと
なりたくないヤツはいたものの、
少年時代に、
“改造手術” があるその世界に胸を躍らせ、
大いに夢見てときめいて、 
“改造人間(ショッカー怪人)” に憧れたのは、まぎれもない事実。

そしてそれが、
老化によって身体のいたるところに綻びが見え始めた50代半ばの今でさえ、
元気の素として、僕の心を支えています。
ありがたい事です、本当に。


僕の、“怪人のソフビ人形を集めて愛でる” という行為は、
単に蒐集癖がさせるものではなく、

 幼心に
 “永遠の憧れ” という、
 無限のエネルギーを与えてくれた怪人(ひと)たちへの、
 感謝の気持ちの表れ・・・、

なのかもしれません。 









 
           



 ・・・あ、そうそう、
 手術の翌日、
 朝、病院の洗面所の鏡で、
 眼帯をしたこの自分の顔を見て、

  あ、ゾル大佐と同じ方の眼だ・・・、

 と気づいて、
 それも嬉しかったですね(笑)。





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